未完成でありながら完成品のような

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学び
私はまだまだ未完成でありたいのです。

それを「もうおしまい」と言うのはちょっとさみしいのです。

もちろん、現実には区切りがついたり、もう、どうにもならいことや、失われたものはあります。


そして、それが「私」と完成しているようでもあるのです。

でも、やっぱり、私はまだ未完成なのです。

これから得られるものもまた、あるのです。


***


「手放せ」と言われるたびに、なんだか嫌な気持ちを持つことがありました。
相手にはよるようですが、やっぱり、あまり好きにはなれません。

それこそ相手によるようですが、
なんだか『そこから退け』と言われているようにも感じていたのだろう。と。

相手は何かを、奪い取りたかったのでしょうか?
それとも私が、背中を押して欲しかったのでしょうか?

そう言う意味でも、私は手放したことはありませんね。
ずっと、ずっと、一緒です。



「怖い」と言う気持ちに、

『「怖いものは怖い」感情に蓋をしなくていい。否定しなくていい。認めてあげるといずれ落ち着く』

と、教えてもらえました。
私はそれがうれしかったのです。

でも、そのあとの私の言葉に、それを私に伝えた相手は意味を取り違えている。とは言いました。


***

「繋がり」とは不思議なものだなぁと、考えるのです。

それも、私の望んだものなのです。


何もしなればそれが人目にふれることはありません。

私は何を、生み出していけるのだろうか。
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