【件名】寿命プラン決定のお願い
そのメールは、ある日突然届いた。
差出人は「人類生存管理機構」。
単なるAIの集合体を超え、
いつしか人類の理解を遥かに超えた「超知性体」へと進化した、
世界を統括する唯一の管理機関からの、一方的な通達だった。
その存在は、人々にとって生命の根源に触れる神の如きものであり、
誰もがその訪れを心待ちにしながらも、同時に深く恐れる「儀式」だった。
「寿命プラン」には主に8個のルールが存在した。
①このメールが届くのは20歳以上の者に限る。
必ずしも20歳になった瞬間に届くわけではなく
30歳以上になってからメールが届く可能性もある。
②20歳になるまで、そしてメールが届くまでは、
あらゆる事故や病気による寿命の終わりは一切発生しない。
個人に割り当てられたナノロボットが常に生体情報を監視し、
僅かな異常も即座に修復する。
③20歳未満でナノロボットの修復能力を超えた
不幸な出来事に見舞われて寿命を終えた場合は、
このメールの影響を受けない。
彼らの生命は、あくまで自然の摂理に委ねられる。
④お好みの寿命数字を3日以内に入力すること。
「無限」や「永遠」など、具体的な数字ではない曖昧な期間を
入力した場合、システムはエラーとなり、自動決定に移行します。
期間内に返信がなければ、寿命は自動的に決定される。
➄自動決定の結果は誰にも予測できず、
残り3日かもしれないし、3000年かもしれない。
その決定は、個体の存在意義や社会への潜在的貢献度、エネルギー消費効率
など、複雑なアルゴリズムに基づいて算出されると言われている。
しかし、その超知性体のみが知り得る、
さらに深遠な意図があるのかもしれないと囁かれていた。
⑥一度決定されれば変更は不可能。
➆選択した寿命の数字を他者に明かすことは、
機構が定める厳格なルール違反となる。
これは、自身の寿命が他者の価値観によって
安易に影響されてはならない、極めて個人的で神聖な領域であるためだ。
➇違反者には、社会ランクの降格、公共サービスへのアクセス制限、
そして最悪の場合、強制的な「リセット」といったペナルティが
課せられる。故に人々はより一層、この秘密を守った。
答えのない究極の選択をする時
そのため、人々はこのメールを「人生のルーレット」と呼んでいた。
その数字は、自らの人生の終着点を知る唯一の鍵であり、
同時に、決して他者と分かち合うことのできない、孤独な秘密だった。
ユウキ(35歳)は、自宅の書斎で、ホログラムスクリーンに映し出された
その冷徹なメッセージを、何度も何度も読み返していた。
20歳までの「無敵」期間を終え、
このメールが来る日を漠然と意識しながら生きてきた。
都市の空は常にシールドで覆われ、環境は完璧に管理されている。
食料は培養ドームから自動供給され、移動は無人ポッド。
あらゆるデータはクラウドに同期され、
人間は物理的な労力を必要としない。
完璧すぎて、逆に何もかもが与えられすぎた世界。
そして今、彼の番が来たのだ。
「…来たか」
ユウキの独り言は、静かな書斎に吸い込まれていった。
彼の3日間の苦悶が、今、始まった。
1日目:24時間の葛藤
最初の24時間は、眩暈がするようだった。
ユウキは、自分が生きてきた35年間の全てを、
まるで他人の記録のように見つめ直した。
20歳までは、まるでゲームのチュートリアルのように、
何の危機もなく人生を進んでこれた。
しかし、あの区切りを越えた途端、
誰もがこのメールの影に怯えるようになった。
「一体、何年が、俺にとっての最適解なんだ?」
書斎の壁一面に、寿命に関する
あらゆるデータや哲学的な考察がホログラムで投影される。
長寿を謳歌した者の空虚な末路、
短命ながらも鮮烈な生を全うした者の輝き。
システムは最適な情報を提供してくれるが、
彼の心に響く答えはどこにもなかった。
超知性体が導き出すであろう「最適解」は、常に人類の想像を超えていた。
この完璧に管理された世界では、選択肢は無限にあるように見えて、
実はすべてが最適化された「模範解答」の中に収まっていた。
芸術活動も、研究も、すべては膨大なデータに基づいた超知性体の提案に従えば、簡単に「傑作」を生み出せた。
だが、そこに自分の魂が宿っている感覚はなかった。
真の創造性や情熱が失われていくことに、
漠然とした不安を感じているのは、ユウキだけではなかった。
彼は、ふと、遥か昔の出来事を思い出す。
それは、彼が学生時代に熱中した、廃墟となった旧市街の探索だ。
都市の最下層、かつての外壁近くにひっそりと残された、
旧時代の遺物。崩れかけた建物の中を歩き回り、
忘れ去られた歴史の断片を探した日々。
埃まみれになり、時には機構の監視を掻い潜りながら、
未知なる発見に胸を躍らせた。
あの時感じた内側から湧き上がるような充実感は、
今の完璧に管理された世界では決して得られないものだった。
「俺は、あの『熱』を、残りの人生でどこに見出せるんだ?」
数字を選ぶことは、残りの時間をどう生きるかを選ぶことだ。
しかし、この全てが与えられる完璧な世界で、何ができる?
どこに「熱」を見出せる? 疑問が渦巻き、選択はますます困難になった。
2日目:内なる声との対峙
2日目が始まった。疲労困憊のユウキは、培養食も喉を通らない。
彼は、自問自答を続けた。
「もし、このまま何もせず、この選択を機構に委ねたら……」
その結果が「残り3日」だった場合、彼は死を前にして何を思うだろうか?
ただ時間が過ぎ去るのを待つだけか?
それは、魂が満たされないまま、ただ時間が過ぎ去るだけの日々だ。
逆に「3000年」という途方もない数字だったとしたら?
永遠にも等しい時間の中で、彼は自分をどう保つだろう。
目的もなく続く生は、生とは言えるのか。
この完璧な社会の奥底に蔓延する、
あの漠然とした「ダルさ」と「虚無感」は、
この「寿命プラン」と無関係ではないと、彼は直感していた。
人類生存管理機構は、完璧な「生」を提供しているはずなのに、
なぜ人々は満たされないのか?
その答えは、超知性体のアルゴリズムの中にあるのか、
それとも人間の本質的な部分にあるのか。
「俺は、何のために生きてきた? 何のために、これから生きるんだ?」
彼は、自らの内に潜む虚無感に直面した。
それは、まさにこの世界に生きる人々が
漠然と感じているものと、同じかもしれない。
肉体がどれだけ長く生きようと、
魂が満たされなければ、それは本当に生きていると言えるのか?
彼は立ち上がり、窓の外を見た。
完璧な秩序に保たれた都市の光が、どこまでも静かに輝いている。
人々は無人ポッドで移動し、表情には何の感情も見て取れない。
その光は、まるで人類の行く末を嘲笑っているかのようにも見えた。
3日目:決意の刻
3日目、最後の朝が来た。入力期限まで残り数時間。
ユウキは、ほとんど眠っていなかった。
しかし、彼の顔には、苦悶の跡に加えて、ある種の決意が宿っていた。
彼はホログラムスクリーンを前に、大きく息を吸い込んだ。
「俺は、終わりを選ばない。だが、無目的に続く生も選ばない」
彼が選ぶ数字は、肉体的な寿命だけでなく、
彼自身の「生き方」を定義するものだ。
他人に知られることのない、彼だけの、秘密の数字。
「真の豊かさとは何かを、俺自身が探求し続ける。
残された時間の中で、再び『熱』を取り戻すために」
彼は、ある数字を心に決め、静かにキーボードに手を置いた。
その数字がどれほど長いものか、あるいは短いものかは、
彼以外誰も知ることはない。そして、知る必要もなかった。
その数字は、彼が自分自身の「役割」を見出し、
たとえ全てが与えられる世界であっても、
自らの「生」に意味を見出すための、彼自身の決意の証となるのだ。
ユウキは、迷いなく数字を入力し、送信ボタンを押した。
メールは瞬時に消えた。彼の寿命プランは決定された。
しかし、ユウキの顔には、もう苦悶の色はなかった。
彼の心には、新たな「生きる意味」という、
静かだが力強い鼓動が響き始めていた。
彼に残された時間がどれほどであろうと、
ユウキは、これから自分の「生」を取り戻すための、
新たな「探求」を始めるだろう。
窓の外では、完璧な都市の光が、いつもと変わらず静かに輝いている。
その光の底で、一人の男が、自らの命に新たな意味を見出し始めていた。
あなたの選択は?
もしあなたに「寿命プラン〇〇〇〇年」のメールが届いたとしたら、
あなたは、どのような数字を入力しますか?
そして、その数字の期間を、どのように生きようとしますか?