先日、神との対話を再読(5回目)をした際に「第一章」に深い真実が書かれていることに気づき
一番最初に一番深い真実が書かれているから『神との対話は難しい』とされるのはないかと。
つまりこの第一章を読みこなせれば、神との対話は読みこなせるのです。
この詳細記事を読んで、難しさを払拭して神との対話の世界観を堪能して下さい。
P30
『しかし、わたしは偉大なる「見えざるもの」であって、ある瞬間のかたちや姿ではない。ある意味では、わたしではないものすべてわたしなのだ。わたしは、「わたしではない」ところからやってきたのだし、つねにそこへ戻っていく。』
偉大なる「見えざるもの」
すべての空間にエネルギーがあって、すべての空間が神であるのです。だから、見えないのです。
「空気と同じ」ような感じと考えると分かりやすいかもしれません。
「わたしではない」
宇宙を言っているにだと思います。
宇宙という空間から現れて、そこに戻って行くとうことです。とても難しく表現されています。
もう少しわかりやすくすると「ワンネス」という集合体から、「個」に分離して、最後はまた「ワンネス」に戻って行くということです。
『ところが、わたしがあるかたちやべつのかたちーひとに理解できるかたちーをとると、ひとはそれがいつまでもかわらぬわたしだと思いこむ。
そこで、べつのひとにべつのかたちで現れると、最初の者は、二人めに現れたのは神ではないと言う、なぜなら、二人めに現れたわたしは、一人めに現れたわたしとは違う姿だし、べつのことを言うからだ。だから、神のはずがないと言う。
どのようなかたち、方法で現れるかは重要ではない。どのような方法を選び、どのようなかたちで現れようとも、疑いの余地がなくなることはありえない。』
「神は人の姿」という固定観念を外さない限り、真の神の姿はみえないのです。(これはすべてのことの固定概念も同様です。観念を外すことが大切なのです)
観念を外せたとき、自分が見た神と他人がた神が違っていても受け入れることが出来るようになるのです。(新しい観念の創造=再創造です)
人の数だけ神の姿も違うのですね。
もしかしたら蝶の形を、雲の形を、虹の形を、しているかもしれません。