神との対話① 第一章 P29

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先日、神との対話を再読(5回目)をした際に「第一章」に深い真実が書かれていることに気づき
一番最初に一番深い真実が書かれているから『神との対話は難しい』とされるのはないかと。
つまりこの第一章を読みこなせれば、神との対話は読みこなせるのです。
この詳細記事を読んで、難しさを払拭して神との対話の世界観を堪能して下さい。


p.29
「たとえば、どうしてあなたは姿を現さないのですか。あなたがほんとうに神なら、どうしてわたしたちみんなが理解できる方法で現れてくださらないのですか。」(ニール)

『わたしは何度も、何度も現れている。いまもこうして現れている。』

「いや、そうじゃないんです。わたしが言いたいのは、疑いの余地にない現れ方、否定しようのない現れか方のことです。」(ニール)
『たとえば?』
「いま、わたしの目の前に現れるとか。」(ニール)
『いま、そうしているではないか。』
「どこに?」(ニール)
『あなたが見ているものすべてに。』

神が人型というのもこれまた固定観念です。
ちょっと受け入れ難いと思いますが、この宇宙はすべてが同じエネルギーであって(なぜなら神が創った、神の世界で、すべてが神の一部だからです)
その神のエネルギーが、別個の形で凝固しているだけなのです。

あなたの目の前のパソコン、デスク、植木、木々、すべてが同じエネルギーでできているのです。
そう、あなた自身も・・・

「そうじゃないんです。わたしが言うのは、疑いの余地のない現れ方です。誰も否定できないような現れ方です。」(ニール)
『それでは、どんな方法ならいいというのか?どんなかたち、どんな姿で現れてもらいたといいうのか?』
「ほんとうのあなた自身のかたち、姿で。」(ニール) 
『それは不可能だ。わたしには、あなたがたが理解できるかたちも姿もない。わたしは、どんなかたちや姿になることもできるが、そうすれば誰もが、自分の見たかたちや姿が多くのなかのひとつにすぎないとは思わず、それこそが神の唯一の姿だと思いこむだろう。ひとは、「見えないもの」ではなく、見たものをわたしだと信じる。』

「神の姿こうだ」という固定観念に囚われている間は、本当の意味での、今は目に見えないエネルギーが神であることを見ることができないのです。

論理的で理性的、そして過去の固定観念が真実(すべてが神の一部)を見誤らせているのですね。

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