【近況説明②】現状、私感
そうして②を書きますと宣言してから更に数ヶ月が過ぎてしまった。
相変わらず、データとしては常に危篤、いつどうなってもおかしくない父であるが、
現状まだ本人の希望もあり自宅にて生活を続けている。
現状まだ本人の希望もあり自宅にて生活を続けている。
もちろん、治るものではないので最後までなるべく本人の希望通りにと思っているのだが、それにしても数値と本人の状態が不一致、日常生活が送れていることがおかしい、と散々言われて数ヶ月が過ぎた。
相変わらず、通院を続け、そうして顔を出し、そんな日々を続けている。
そうして、どうしても本人が最後まで穏やかに、そうして希望通りに、を優先すると、看護する側は削られていく一方なのは否めない。
別に父を恨んでいるわけではないのだが、自分の思ったような生活は送れないし、
常に頭にある分、どこか自分が半分になったような気持ちで毎日を過ごすことになる。
そうして、思ったように行動が出来なかったり、体力が削られたりと、どうしても消耗していくものだ。
これは別に特別な話しではなく、もっと大変な環境で看護や介護をしている人はたくさんいて、そうして、それぞれにそれぞれの思いや苦労があるのだという話しである。
私はもともとそんなに体が強い方ではないので、こんなことを書いていると人より弱音を吐きすぎて居ると思われるかもしれないが、その限界点だって、人それぞれだ。
もちろん父のことだけで日々が回っているわけではないので、
出来ればコピーロボットが5体ほどいてくれると有り難いと思うのだが、
もちろんそんなことは無理であり、体は一つしかない。
そうして私はこの期間を通じて思った事がある。
こういう環境に居る人に対して、介護・看護される側へのお気遣いの言葉よりも、どうか、介護・看護している人へ、労りの言葉を先ずはかけてあげて欲しいと思う。
こういう時はどうしても、頑張ってる人への言葉が少ないものだな、と感じたこと、そうして、介護・看護している人がどう思っているかを外部が決めつけるものではないということ、
なのにそこに立ち入った発言をする人が一定数いることがとても気になった。
そういった中で、たくさん、私に対して労りの言葉をくださった人がいたことに、心から感謝している。
感謝はすれど、心身がついてこないので、仕事は相変わらず限定させていただいているのだが、それでも「大丈夫ですから、ゆっくりで良いので」と言ってくださる皆様に、何度も救われている。
ちょっと悲しかったこと
最初に父が倒れた時に、父の友人だった母方のおばさんに連絡をしたりと、
一応それぞれわかる範囲で父と交流があった人たちに連絡を入れたのだが、
父方はみんな施設に入ってしまっていたり、すでに他界していたりという状態でそれは仕方なかった。
父の友人だった母方のおばさんに連絡をした時に、
なぜかそのおばさんが延々と父の若い頃の行動をあげつらって悪口を言い続け、あとは自分の愚痴を艶々と言っていたことが非常に悲しかった。
いや、おばさんもその旦那(故人)も、母と知り合う前から友人だったんじゃん。
そうして、そのおばさんの子である私の従兄弟で、私が一番信頼していた従兄弟も、何やら言い訳をしてそれきりで、いまだに一度も連絡が無いことも非常に悲しかった。
私と父は、そのおばさんの旦那が倒れた時に、それぞれ遠方に駆けつけて見舞いに行った。
父は母とは離婚しているのだから本来であればそういうこともやりづらい中で、友人としておばさんの旦那を励ましに通った。
そうして、さすがに立場がアレだからと葬儀は行きたいのをこらえて香典を私に渡した。
そういったことを全て無かったことにして悪口を語り、愚痴を語り、
そうして言い訳をしているおばさんと従兄弟に対して、本当に人として悲しいと思った。
もちろん母には何も期待していなかったのでそれは良いのだが、
それでも勝手に私に老後のことを期待して勝手に引っ越してきたのだったら
何かちょっとぐらい手伝おうかの一言はないのかな、とは思うけれども。
まあ、いいんだ。こういう時に人の本性って見えると思うし、母方との縁切りはこれで私の中で決定的になったのだから。
僅かな情を消し去ってくれたことに感謝をしないといけないのかもしれない。
身内より他人
本当に、身内より他人のほうがどれだけ気に掛けてくれていることか、と思うと、なんだかうちの親族っていうのはやっぱりなあ、と思ってしまうよね。
ただ、割り切りは早い性格なので、それはもういいやと思っていて、ずっと淡々と色々なことを手配し続けているのだけれども、
うちは神道なので神葬祭で行うことになるのだが、
家族葬の葬儀会社の人も、そうして今の土地の氏神さんに当たる神社の宮司さんもとても親切にしてくれた。
うちは恐ろしいぐらいに先祖供養が両親ともに今ひとつすぎたので、
全部を改めて整えているところなのだが、宮司さんには本当に沢山のアドバイスをいただいているし、そのために戸籍を取れるだけ取った時の市役所の人もとても親切だった。
そうして何人かの人が、とても労いの言葉をかけてくれたり、話しを聞いてくれたりと、他人なのに何でそこまでしてくれるんだろうと思うところまで配慮をしてくれていて、そこに私はとても救われている。
血縁は切れないけれども、それでも心の中で切れた縁はある。
そうして、他人なのに他人事にせずいてくれている人たちに本当に感謝している。
必ず、あなた達が困っていたら私も同じように助けたい、そう思っている。
余談として。求む、MDSの難病指定
MDSはいまだ治療方法が確立されておらず、また、難病指定もされていない病気で、人口10万人あたり年間に3~4名程度の発症(近年増加傾向)という病気である。
難病指定がされていないから若い人は特に治療費もかかるし、それに高齢になってからも介護保険も使えないし、で、サポートの限界があるんだよね。
まさか介護保険が使えないとは思わなかった。
酸素ボンベ無しでは生活できないし、五歩歩いたら呼吸を整えるのにしばらく動けなくなるのに、介護タクシーも適応外だし。
訪問看護だって回数の制限があるし、これ、独居で近くに頼れる人もいないケースだったらどうすればいいんだろう。
こんな状態を要支援・要介護ではない、というのはどうなんだろうと思う。
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前回と同じ締めの言葉になるが、
いつまで続くか分からないこの日々が、どういった形になるのかは未知数であるが、今現状として、無理をしても無理が出来ない状態になることがとても増えた。
24時間365日休まない事、もちろんすぐに対応が出来ない時もあるが、極力早く対応すること、これがモットーだった私の考えは、今は実行出来ない状態にある。
大変申し訳なく思うが、ご理解をいただけるとありがたいと思っている。
―近況報告②、終わり。③もまた掲載予定。