その中には、いわゆる「いい顔」もあれば、「悪い顔」もある。
誰かにやさしくできる日もあれば、なぜかイライラして誰かにきつく当たってしまう日もある。
誰かの幸せを心から願える時もあれば、ふとした瞬間に妬ましさを感じることもある。
こういう話をすると、「それってダメなことじゃないの?」と不安になる人もいるかもしれない。
でも私は、そうした感情の揺れや矛盾こそが、人間らしさの一部なんじゃないかと思っている。
たとえば、怒りや嫉妬、見栄や意地といった「悪い顔」。
私たちはつい、そういうものを持つこと自体が「人としてよくない」と思い込んでしまいがちだ。
もちろん、それが誰かを傷つける行動に変わってしまえば、反省すべき点はあるかもしれない。
でも、その感情そのものを感じること自体は、恥ずかしいことでも、間違いでもない。
人は、常に理想的で、優しくて、穏やかで、正しいわけじゃない。
そうありたいと願いながらも、現実には葛藤したり、迷ったり、失敗したりしながら生きている。
それが、自然な姿なんだと思う。
そして、むしろ大事なのは、そうした「悪い顔」を自分の中で認めてあげることじゃないだろうか。
「こんなことを思ってしまう自分はダメだ」と否定するのではなく、
「今の自分はこう感じているんだな」と、静かに見つめてあげる。
そうすることで、感情に振り回されすぎずに、少しだけ自分を理解することができる気がする。
私自身、「もっと素直で、いい人間でいたい」と思いながら、
時には自己嫌悪に陥ったり、「本当の自分を見せたら嫌われるんじゃないか」と不安になることがある。
でも最近、少しずつ思うようになった。
誰にだって「見せたい顔」と「見せたくない顔」がある。
どちらか一方だけで人間を定義することなんてできないし、そもそも一面的な自分しか見せられない関係なら、いつか疲れてしまう。
人間の深みは、光と影の両方から生まれる。
明るい面だけじゃなく、弱さや醜さを抱えているからこそ、他人の痛みにも気づけるし、優しくなれることもある。
だから私は、こんなふうに思う。
たとえちょっと「悪い顔」があるとしても、引け目を感じなくていい。
それは、自分が生きてきた証であり、何かを守ろうとしたり、葛藤しながらも進んできた足跡なのだと思う。
完璧な人間なんていない。
だからこそ、私たちは不完全なままで、お互いを理解し合える可能性を持っている。
今日、どんな顔をしていたとしても、それが「あなた」そのものだと、どうか忘れないでいてほしい。