愚痴る場所を考える

愚痴る場所を考える

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コラム
noteで。。。

フォローされてフォロバさせていただいた方なんですけど、毎日ものすごい愚痴投稿をされていて。。。

ああ、この方はnoteをそういう感じで活用されているんだなぁと思っていました。
吐き出す場所、愚痴を聞いてもらう場所ってすごく大切なので。

そうしたらその方が「妻や子供にも話を聞いてもらえない」と書いていたんですよね。

どうも、noteに書いていることとそれ以上+αくらい、毎日社会に対してだったり、自分の体調のことだったり、自分が無職であることだったりそうした愚痴や文句を言い続けていたそうなんです。

その方も反省はされているんですが、無職ということもあり、「妻と子供以外に愚痴を聞いてもらう相手がいない」と。

そして、口を開けば愚痴しか出ない、と。

気持ちはすごくよくわかります。
愚痴を聞いてもらう相手って大事です。
でも、愚痴を聞いてもらうだけで、自分は聞いてくれている相手のことを考えているのか?というと、そうではありませんよね。

また、この方は何でも引きずる傾向にあるので、妻や子供に聞いてもらった愚痴をnoteに投稿して、そしてそこからまた何回ももみ直すのです。

愚痴は聞いてもらったら一旦自分の中で流したほうがいいです。
聞いてもらった、スッキリした、と。

もみ直すようなことになる愚痴の内容ってたいてい「考えてもどうしようもないこと」だったりします。

愚痴りだしたがゆえに、もうそのことにばかり囚われてしまって、他のことが見えなくなるのは危険です。

また、そうした悩みや愚痴を繰り返し話すことで離れていく人も中にはいます。
繰り返し蒸し返して話している間というのは、聞いてくれた人へ感謝の念も薄らいでいることが多いです。
聞いてくれてありがとう、毎回言わなくてもいいかもしれないけれど、聞いてくれた人にはこのくらいの気持ちを持つように努力することも必要ですね。

また、なぜこの方のことが引っかかったのかというと、この方、noteを愚痴の場としているわけではない、と気づいたからです。

そう、noteで楽しくお話できる友達がほしい、と書いてあったのです。

しかし、書いてあるのは愚痴や社会への批判ばかり。
一瞬の共感をする人はいるかもしれませんが、それでは愚痴や批判ばかり言っている側面しか見えないですから、お友達も増えにくいですよね。

愚痴を聞いてほしいときなどはこのココナラのように有料の相談フォームを利用することもおすすめです。
自分とフィーリングが合う人を見つけるまでは少し旅をしますが、安心して聞いてもらえる場所というのは必要ですね。


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