「また今度」は、もう来なかった

「また今度」は、もう来なかった

記事
コラム
「マスターが亡くなったよ」

一昨日、そんな連絡がきた。

高校生の頃、
私がアルバイトをしていた喫茶店のマスター。

最後に会ったのは5年前。
父が亡くなって、
久しぶりに地元へ帰ったときだった。

それから何度も、
私はその店の前を通っている。

今年のお盆にも通った。

「マスター元気かな」
「もういい歳だし、久しぶりに顔でも出そうかな」

そう思った。

でも、お盆の昼時。
駐車場は車でいっぱいだった。

忙しいよね。
今日はやめておこう。

また今度。

そう思って、私は帰った。

その「また今度」は、
もう来なかった。

昨日、
私はマスターの葬儀に参列した。

私は、とても小さな田舎町で育った。

家庭環境は、
正直、かなり複雑だった。

そんな高校生の頃、
姉に誘われて、町で唯一の喫茶店でアルバイトを始めた。

姉の妹ということもあって、
最初からみんなによくしてもらった。

その後、姉はその店のチーフと結婚した。

家族経営のお店だったから、
マスターも、奥様も、チーフも、
いつもそこにいた。

仕事中だから、
楽しいことばかりじゃない。

厳しく言われることもあったし、
つらいこともあった。

それでも私は、
家にいるより、店にいる時間のほうが長かった。

「りょーちゃん」
「りょーちゃん」

みんな、そう呼んでくれた。

マスターも。
奥様も。
チーフも。

一従業員だった私を、
本当によく可愛がってくれた。

昨日、葬儀に参列して、
その頃のことが、昨日のことみたいによみがえった。

何十年も前のことなのに。

思い出したら、
目頭が熱くなった。

たぶん私が思っていた以上に、
あの店は、高校生だった私の居場所だったんだと思う。

奥様の顔を見た瞬間だった。

言葉より先に、
お互い涙が止まらなくなった。

抱きしめ合って泣いた。

私は、

「今日は最後までいるから。
最後まで見送らせて」

そう伝えた。

すると奥様も、

「りょーちゃん、最後までいてね。
一緒にいてね」

そう言ってくれた。

また抱きしめ合って、
二人で泣いた。

高校を卒業して、
地元を離れて、
会うこともほとんどなくなって。

それでも私は、
今でも「りょーちゃん」だった。

それが嬉しくて。

でも、悲しかった。

今でも思う。

今年のお盆、
駐車場に車がたくさん停まっていても、
店に入ればよかった。

食事なんてしなくてもよかった。

ほんの少しだけ顔を出して、

「お久しぶりです。
お元気そうで」

って。

それだけでよかった。

マスターの顔を見て、
少し話して、

「じゃあ、またね」

って帰れたらよかった。

でも私は、

「また今度」

を選んだ。

また会えると思っていたから。

いつか別れがくることくらい、
分かっているはずなのに。

それでも私たちは、
今日と同じ明日がくる気がしてしまう。

また今度。
また時間があるとき。
また落ち着いたら。

そうやって先延ばしにしているうちに、
本当に会えなくなる日がくる。

私は今回、
それを知った。

だからといって、
この後悔がなくなったわけじゃない。

でも、
みんなに会えたことは嬉しかった。

懐かしかった。

高校生だった頃の自分にも、
少しだけ会えた気がした。

マスター、
会いに行かなくて、ごめんね。

たくさん可愛がってくれて、
本当にありがとう。

ありがとう、マスター。
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