娘だった自分に対して今言ってあげたいこと

記事
コラム
毎日暑い日が続きますね。いつもブログを読んでくださり、ありがとうございます。何気ない日常で感じた事や、婚活についてなど、記事を通して私がどんな感じ方考え方の人なのか?が伝わればいいなあと思って書いて来ました。

今日から何回かに分けて、私のどんな人生経験が今のどんな価値観に繋がっているかを書いてみようと思っています。

私は、サラリーマン家庭の長女、ひとりっ子として育ちました。元々は武家で祖父は軍人で何代も続いた家系でした。祖父は父が幼い頃に病死、小さい頃から○○家の家長として育った父は厳格で、家への拘りが強く、私も○○家の跡取り娘として厳しく育てられました。母は明るく、わがままな人でした。

大学3年の春休み、北海道の大学に通っていた従兄に会いに行きました。そして、従兄の友人に恋をしました。粗野だけど優しさのある彼に一目ぼれ、そこから遠距離が始まりました。携帯もない時代で、やり取りは主に文通、たまの電話も家電で会話が親に筒抜け状態。年3回ぐらいの帰省時に会う他には私がバイト代を貯めて北海道に行くしかありませんでした。彼の卒業まで3年間その遠距離が続きました。

就職して2年目には海外赴任でまた遠距離。お互い結婚の意思はあるものの、距離と私の問題で進展が難しく、もどかしさを感じていました。
父は彼が長男というだけで猛反対することは予想できたので、母なら私の味方になって父を説得してくれると期待して話しましたが、取り付く島もありません。少し前に母の弟の会社が倒産し、連帯保証人だった父に多大な迷惑が掛かっていたその時期、母は父に物言えぬ状況だったのでしょう。海外赴任中の彼には相談する術もなく、ひとり悶々と過ごすうちに両親の反対に打ち勝つ勇気と彼との幸せな結婚生活への希望が持てなくなり、別れを決断しました。

その当時の私は弱かったのです。自分の本当の気持ちのままに人生の選択をするのが怖かっただけなんだと思います。25歳の私は大人であるはずでした。なのに、親の反対を押し切る勇気さえ持てなかったのです。いつも親や周囲から「そうそう、それでいいのよ」と言ってもらえないと自分の進むべき方向を見極めることさえできない子供だったのです。

自分自身親になり、当時の親の年齢を超えた今思うことは、
「親といってもたかが数十年の自分の人生を生きて来ただけ。世界を知っているかのような物知り顔をしていても、実は自分の周囲のちっぽけな社会しか知らない。子供のためだと言いながら、偏った価値観を押し付けているに過ぎない。そして、自己中心的ですぐに保身に走る。」ということです。

「あなたは自分の足でしっかりと立ち、自分の心に思うことを信じ、自分の思い描く幸せの方向に向かって颯爽と歩いて行きなさい。」

娘だった自分に対して、今そう言ってあげたいと心から思います。








サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら