1. 「やりたいことは?」と聞くことが子供の可能性を狭めてしまうかもしれない、と思った日
家庭教師の授業の合間の休憩時間は、生徒とたくさんお話をします。
頭を使うと水分が必要なので、そういう意味もこめて「休憩時間」は大切にしています。
この前は「将来のこと」について話をしていました。
僕:将来、何かやってみたいこととかあったりするの?
生徒:ないです!
潔い…笑
「やりたいこと」と言えば、、大人の中には「早いうちにやりたいことを決めなさい」と主張する人もいます。
実際そういう方に今までたくさん出会ってきました。
やりたいことが決まっていれば行動しやすく、進路を決める指針にもしやすいなど、メリットを多く感じての発言だろうと思います。
ですが、子どもの頃に「やりたいこと」なんてわからなくて当たり前です。
弁護士になりたい、パティシエになりたい、靴職人になりたい...。
こうした「職業的な夢」を大人は「やりたいこと」と呼びがちです。
要するに、その方が大人にとって「分かりやすい」からです。
アドバイスも残しやすいですし、自分なりに調べて教えてあげることも簡単。
(進路など)
結局のところ、親御さんも不安なのだろうなと。
しかし、その不安に耐えかねて、子どもに「何かやりたいことないの?」と聞いてしまうことで、子どもが持っていた「自由なままの意思」=好奇心が徐々に薄れていってしまった例に出会ったことがあります。
子どもの無垢な思考回路に、「他者評価」「親からの目線」という視点が入り込んでしまうイメージ。
本来、子供は放っておいても何かしらに好奇心を示すものです。
幼少期に「将来の夢」を手軽に語れるのも、人の目を気にせず自由に想像できるからこそでしょう。
でも成長するにつれて、子どもたちは世の中のリアルを知っていきます。
「どうせ自分にはなれないから……」
「才能ないから...」
「クラスのあの子はもう天才なんで。私とは違うんです。」
などなど
現代ではSNSの普及で、「現実」に触れる年齢が早まっています。
その結果、「早い段階で諦めてしまう」リスクが高まり、世の中を冷めた目で見るような文化もここに少からず起因していると推測できます。
だからこそ、「何かやりたいことでもないの?」という問いかけは、時に良くない刺激になり得るというのが個人的な意見です。
2. わかりやすい将来の夢がなくても好奇心旺盛な子はたくさん
冒頭でやり取りを紹介した生徒も、一見すると何にも情熱を持っていないように思えるかもしれません。
僕:将来、何かやってみたいこととかあったりするの?
生徒:ないです!
しかし、その子は僕との授業を通じて後々、「知る楽しさ」を学んだと言ってくれました。
「なぜ、あくびが出るんだろう?」
「なぜ、飛行機は飛べるんだろう?」
「おでかけで鉱山を見たけれど、なぜ昔の人はどうして地下にこんなに長い
坑道を作れたんだろう?」
...
そうやって色んなことに興味を持ち、AIも使いながら、
どんどん知識をつけられるようになったそうです。
今では、そういう調べて考察するという作業も宿題に組み込んでいます。
聞いてるこちらも、子どもの好奇心がビシビシと伝わってきて楽しいんです。
こうした体験を繰り返すうちに
「自然と、ぼんやりと、自分の将来が見えてくる」ということが
本来、理想的なはず。
その中で「あ、これ面白い!」というものに出会えれば、誰に何を言われなくても、それは自然と「楽しいこと=やりたいこと」になっていきます。
だからこそ僕も、毎日の勉強の中で「どうやったらこの子の興味を引き出せるだろう?」と考えながら授業を作ったり、宿題を出したりするのがとても楽しいのです。
3. 「やりたいことがない!」は「今」を本音で楽しめている証拠
もちろん、だからと言っていつまでも怠けていては何も始まりません。
ですが、読者や旅行などを通して、少しずつ「行動と好奇心をセットにする習慣」を作っていけば、毎日は一気に楽しくなります。
そして何より、自分に嘘をつかず、本音で生きていくことができます。
だからこそ、
「やりたいことはある?」と聞かれて「ない!」と即答できたなら、
それはその子が「今」という瞬間を本音で楽しく生きられている証拠
だと、僕は思っています笑
その習慣は同時に「諦めグセ」を治すことでもあります。
子供は他人にやらされたことで挫折した時、「どうせダメなんだ」という思考に陥りがちです。
勉強は、その代表例。
ただ単に「やりなさい」では、子供の本当の気持ち(=「やりたくない」)を無視しろ、と言っているのと同じ。
テストでも宿題でも、何かうまくいかないことがあった時は、
「本当はどうしたい?」
「準備と本番、どっちが難しかったかな?」
「どうすれば毎日続けられそうな感じがする?」
と聞いてあげた上で、子供が自分で捻り出した考えをもとに行動の仕方をアドバイスしています。
「〜がイヤ」「やりたいことがない」は、憎むべき言葉ではないのです。