気持ちより先に、行動が知っていることもある。

気持ちより先に、行動が知っていることもある。

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コラム
好きの未然形。

授業が終わっても、
その言葉は凪の中から消えなかった。

休み時間。
ノートを閉じても。

昼休み。
友達と話していても。

黒板から「未然形」の文字が消されても。

凪の心には、まだ残っていた。

まだ、好きではない。
そう思おうとすると、し違う気がする。

じゃあ、好きなの?
そう聞かれると、怖くなる。

だから、好きの未然形。

今は、それでいい。
凪はそう思うことにした。

昼休み。

凪は購買でパンを買った。

教室へ戻ろうとして、ふと足を止める。

冷蔵ケースの中に、
小さな紙パックのミルクティーが並んでいた。

陽菜がよく飲んでいるものだった。

(あ。)

昨日、陽菜が言っていた。

「購買のミルクティー、すぐ売り切れるんだよね。」

凪はケースを見る。
残り二本。

少し迷ってから、一本手に取った。

そして、もう一本。

レジへ持っていく。

会計を済ませたところで、凪は自分の手元を見た。

ミルクティーが二本。

(……何してるんだろ。)

自分は別に、ミルクティーが飲みたかったわけではない。

一本は、最初から陽菜のために取った。
頼まれてもいないのに。

凪はしばらく二本の紙パックを見つめた。

(こういうのも……。)

好きの未然形?

そこまで考えて、一人で恥ずかしくなる。

「違う違う。」
小さくつぶやく。

ただの友達。
友達に飲み物を買うくらい、普通だ。

そう自分に言い聞かせながら、教室へ戻った。

陽菜は席にいなかった。

凪は自分の机にパンを置く。

そして、一本のミルクティーを陽菜の机に置こうとして止まった。

なんだか、ものすごく恥ずかしい。

頼まれてないのに、勝手に買ってきて。

変に思われないかな。

重くない?

そこまで考えて、凪は苦笑した。

(ミルクティー一本で何考えてるの、私。)

「それ二本飲むの?」

後ろから声がした。

「え?」

悠真だった。

凪は慌てて振り返る。

「違うよ。」

「じゃあ誰かの?」

「……うん。」

「へえ。」

悠真は何気なく一本を見る。

「陽菜?」

凪の心臓が跳ねた。

「なんで分かるの?」

「だって、あいつよくそれ飲んでるじゃん。」

「……そっか。」

悠真も知っている。

そのことが、ほんの少しだけ引っかかった。

そして、そんな自分にまた戸惑う。

「凪。」

「なに?」

悠真が笑う。

「最近、陽菜とほんと仲いいよな。」

また、その言葉。

美咲にも言われた。

仲がいい。

うれしい言葉のはずなのに、今日はなぜか、
その先まで見透かされているような気がした。

「……うん。」

凪は小さく答えた。

「仲いいよ。」

前みたいに否定はしなかった。

悠真は、「そっか。」
とだけ言って、自分の席へ戻った。

凪はその後ろ姿を見る。

少し前なら、悠真とこんなふうに話せただけで、
きっとドキドキしていた。

今だって、何も感じないわけじゃない。

でも、手の中にあるミルクティーのほうが、
気になっている。

陽菜、喜ぶかな。

そんなことを考えている自分に気づいて、
凪は小さく息を吐いた。

「ただいまー。」
陽菜が教室へ戻ってきた。

凪の心臓が、また勝手に速くなる。

「あ、凪。」

陽菜がこちらへ来る。

「一緒に食べよ。」

「うん。」

言うなら今、凪はミルクティーを一本持ち上げた。

「これ。」

「ん?」

「……あげる。」

陽菜が目を丸くする。

「ミルクティー?」

「購買にあったから。」

「いいの?」

「二本買っちゃったから。」

言ってから、凪は心の中で自分に突っ込んだ。

嘘。
二本買っちゃったんじゃない。

最初から、陽菜の分も買った。

でも、そこまでは言えなかった。

「ありがとう。」

陽菜が受け取る。

そして、本当にうれしそうに笑った。

「これ今日買えなかったんだ。」

「そうなの?」

「行ったら売り切れてて。」

凪の胸が、ふわっと軽くなる。

「じゃあ、よかった。」

「凪、神。」

「大げさ。」

二人で笑う。

たった百円ちょっとのミルクティー。

それなのに、陽菜が喜んでいる。

それだけで、自分までうれしくなる。

その感覚が、凪には少し不思議だった。

自分が何かをもらったわけじゃない。

褒められたわけでもない。

ただ、陽菜が笑った。

それだけ、なのに、うれしい。

「ねえ、凪。」

パンを食べながら、陽菜が言った。

「なに?」

「さっき、悠真と話してたでしょ。」

凪の手が止まる。

「うん。」

「何話してたの?」

ほんの少し、陽菜の声が違って聞こえた。

気のせいかもしれない。

「このミルクティーのこと。」

「これ?」

「陽菜の?って聞かれた。」

陽菜がストローをくわえたまま、一瞬止まった。

「……ふうん。」

「なに?」

「別に。」

今度は陽菜がそう言った。

凪は陽菜を見る。

「なに、その言い方。」

「なんでもない。」

「今日それ、私が言ってたやつ。」

「じゃあ、おあいこ。」

陽菜が笑う。

凪も笑った。

でも、心のどこかに、
小さな引っかかりが残った。

陽菜は、どうして悠真との話を聞いたんだろう。

ただ気になっただけ?

友達だから?

それとも、凪はそこまで考えて、やめた。

また答えを急いでいる。

今は、分からないままでいい。

午後の授業。

凪はノートを開いた。
午前中に書いた文字が、ページの端に残っている。

好きの未然形。

その下に、凪は鉛筆で小さく書き足した。

気持ちより先に、行動が知っていることもある。

ミルクティーを見つけた瞬間、陽菜を思い出したこと。

喜ぶ顔を想像したこと。

その顔を本当に見られて、自分までうれしくなったこと。

好きなのかどうかは、まだ分からない。

でも、自分の心より先に、自分の手は、
陽菜のためにもう一本を選んでいた。

凪は、その文字を見つめる。

もしかしたら、人を好きになるというのは、
ある日突然、「好き」と分かることではないのかもしれない。

その人がいない場所で、その人を思い出すこと。

その人が喜びそうなものを、自然に手に取ること。

その人の笑顔を見て、自分までうれしくなること。

そんな小さな選択が、一つずつ積み重なって、
あとから心が、追いついてくるのかもしれない。

凪は、そっとノートを閉じた。

まだ、好きとは言わない。言えない。

だけど、今日、
二本目のミルクティーを手に取った自分のことだけは、もう否定しなかった。

「好き」の未然形は、
もしかしたら、言葉より先に動き始めるものなのかもしれない。

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