陽菜って、好きな人とかいるの?

陽菜って、好きな人とかいるの?

記事
コラム
ある日の土曜日。

駅前は、いつもより人が多かった。
待ち合わせは午後一時。

わたしは、十二時四十五分には着いていた。

(早すぎた……。)

駅前の時計を見る。

あと十五分。

スマホを開く。
閉じる。

また時計を見る。

自分でも少しおかしくなる。

別に、初めて遊びに行くわけじゃない。

美咲もいる。
三人で雑貨屋を見るだけ。

それなのに。
朝から服を決めるのに、いつもより時間がかかった。

髪も何度か結び直した。

結局、いつもとあまり変わらない格好になったけれど。

(何してるんだろう、私。)

そう思った、そのとき。

「凪ー!」

顔を上げる。

美咲が手を振っている。

その隣に、陽菜がいた。

白いブラウス。
淡い色のスカート。

肩までの髪が、風に少し揺れている。

制服じゃない。

それだけなのに、凪は一瞬、言葉を忘れた。

「お待たせ。」

陽菜が笑う。

「……ううん。」

「凪、早かった?」

美咲が時計を見る。

「今来たところ。」

反射的に答えてから、凪は心の中で苦笑した。

十五分前からいたのに。

「じゃ、行こっか。」

美咲が先に歩き出す。

陽菜もその隣へ並ぶ。

凪は半歩遅れて二人についていった。


雑貨屋は、駅前の小さなビルの二階にあった。

店内には、文房具やアクセサリー、小さな食器、ぬいぐるみ。
色とりどりのものが並んでいる。

「かわいい!」

美咲が小さなポーチを手に取る。

「陽菜、これ似合いそう。」

「私?」

「絶対似合う。」

美咲が陽菜の肩にポーチを当てる。

二人が笑う。

凪も笑った。

……はずだった。

胸の奥が、ほんの少しだけざわつく。

まただ。
前と同じ。

美咲が悪いわけじゃない。

陽菜が悪いわけでもない。

二人が仲良くしているだけ。

それなのに・・・。

凪は近くにあったノートへ視線を移した。

表紙に、小さな青い花が描かれている。

「それ、凪っぽい。」

突然、隣から声がした。

「え?」

いつの間にか陽菜が立っていた。

「そのノート。」

「私っぽい?」

「うん。」

陽菜は少し考える。

「静かだけど、きれい。」

「……なにそれ。」

凪は笑った。

「褒めてる。」

「分かりにくい。」

「じゃあ、すごく似合う。」

「もっと分かりにくくなった。」

二人で笑う。

その瞬間。
さっきまで胸にあったざわざわが消えていることに気づいた。

凪は戸惑った。

陽菜が自分の隣に来ただけ。

話しかけてくれただけ。

それだけなのに。
こんなにも違う。

「ねえ。」

少し離れたところから美咲が二人を見ていた。

「なに?」

陽菜が振り返る。

美咲が笑う。

「二人って最近、ほんと仲いいよね。」

凪の心臓が跳ねた。

「えっ?」

声が少し大きくなる。

「そう?」

陽菜は普通だった。

「うん。」

美咲は何でもないことのように言う。

「なんか、前より距離近くなった。」

距離。

その言葉だけが、凪の中に残る。

「そ、そんなこと……。」

否定しようとして。
言葉が止まった。

本当に、そんなことないのだろうか。

夜の公園。

お弁当交換。

雨の日の相合傘。

LINE。

おばあちゃんの畑。

あの丘。

歩幅を合わせてくれた帰り道。

「もう少しいたかった」と言えた午後。

思い返せば。
陽菜との間には、小さな出来事がたくさん積み重なっている。

「仲いいよ。」

陽菜が言った。

凪は顔を上げる。

陽菜は普通に笑っていた。

「ね?」

凪を見る。

「……うん。」

胸の奥が、温かくなる。

「仲いい。」

自分の口から言ってみると、

その言葉は思った以上にうれしかった。



店を出たあと、三人は近くのカフェに入った。

美咲はアイスティー。

陽菜はレモネード。

凪はカフェオレ。

三人で今日買ったものをテーブルに並べる。

美咲が突然言った。

「そういえばさ。」

「なに?」

「陽菜って、好きな人とかいるの?」

凪の手が止まった。

ストローに触れていた指が、そのまま動かなくなる。

陽菜は少し驚いた顔をした。

「急だね。」

「だって気になるじゃん。」

美咲は楽しそうだ。

「いないの?」

陽菜はレモネードの氷をストローでゆっくり回した。

からん。
小さな音がする。

「どうだろうね。」

「なにそれ。」

「秘密。」

美咲が笑う。

「怪しい。」

陽菜も笑った。

凪だけが、笑えなかった。

好きな人。

陽菜の、好きな人。

考えたことがなかったわけではない。

でも。
誰かに言葉として聞かされると、
急に現実味を持った。

もし、いるとしたら。
誰なんだろう。

同じクラス?

別のクラス?

昔から知っている人?

凪の知らない誰か?

胸の奥が、またざわつき始める。

さっきまでとは少し違う。

もっと深いところ。

知りたい。

でも。
知りたくない。

陽菜が誰を見ているのか。

気になる。

どうして、こんなに。

「凪?」

陽菜の声。

「え?」

「カフェオレ、全然飲んでないよ。」

「あ……。」

凪は慌ててストローに口をつけた。

冷たい。

なのに。
頬は少し熱かった。

美咲はもう別の話を始めている。

陽菜も笑いながら答えている。

凪も会話に混ざる。

笑う。
相づちを打つ。

でも。
心の中には、さっきの言葉だけが残っていた。

**好きな人とかいるの?**

そして。

陽菜の答え。

**どうだろうね。**

帰り道。

凪はきっと、
この言葉を何度も思い出す。

そして初めて、
自分自身に問いかけることになる。

――どうして私は、
陽菜の好きな人が、こんなに気になるんだろう。

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