夜、机に向かっていた彼は、書類の山を前に手を止めてしまった。
頭の中には「どうせ無理だ」
「また途中で投げ出すに違いない」という声が響く。
気持ちは重く、鉛のように沈んでいく。
深いため息をつき、彼はふと立ち上がった。
「少し整理でもして、気分を変えよう」
そうつぶやきながら棚に手を伸ばす。
古びた書類の束をどかすと、その奥から一冊のノートが顔を出した。
それは小学校時代に使っていた、表紙の角がすり切れた練習帳だった。
ページをめくると、赤ペンで大きく丸がつけられた一枚が現れる。
苦手で何度も間違えた計算問題──
けれど、最後にやっと解けたとき、
先生が笑いながら書いてくれた丸印だった。
その瞬間、胸の奥に懐かしい景色がよみがえる。
友だちにからかわれながらも、何度も練習した縄跳び。
「もう一回!」と悔しさに涙をにじませながら、
ついに十回連続で跳べたあの日。
誰も拍手なんてしてくれなかったけれど、
あのとき自分の中に芽生えた誇らしい気持ちは、今も忘れていない。
「できないと思っても、少しずつやれば形になる」
その記憶が、胸の奥から彼を支える。
やり抜く力は、生まれつき備わっていたわけじゃない。
あのときの小さな積み重ねが、今の自分にまで続いているのだ。
深呼吸をひとつして、彼は再びペンを握った。
一枚の書類に文字が刻まれる。
その小さな音は、かつて縄跳びを跳んだ足音と重なるように響いた。
「まだ続けられる」
そう心の中でつぶやくと、静かな決意が胸に満ちていった。
外の窓に映る夜空には、かすかな星が瞬いていた。
それは、過去の自分から今の自分への合図のように優しく光っていた。