【病院の裏側:尿という名のエンターテイメント】
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コラム
朝。
空は曇天。胃の奥に住みついた不安が、ズルズルと僕を引きずる。
本日は泌尿器科受診の日。
そう、「あそこ」に関わる部門である。
正直言おう、泌尿器科という響きには人生の縮図が詰まっている。羞恥、加齢、尿意、そして微かな死の香り。
受付で名前を呼ばれる。周囲の視線が「おや?」と言っている。心の中で「これは膀胱の冒険なのだ、誇れ」と自分を鼓舞するも、鼓舞しきれず、鼓膜が痙攣する。
診察室に入る。
そこには白衣を着た錬金術師のような医師が座っていた。眼光鋭く、「では、おしっこの話をしましょうか」と笑う。
悪魔との契約書の冒頭も、きっとこんな風に始まるのだろう。
問診が始まる。
「頻尿ですか?」「勢いはどうですか?」
まるで僕の尿がロケットの発射台かのような扱いである。NASAの管制官も真顔になるレベルで真剣な顔つきのドクター。
ちょっとした尿圧の変化が、人類の未来を左右するかのようだ。
次に尿検査。コップを持ってトイレに向かう自分。
これは神から与えられた試練である。言うなれば「聖杯探し」だ。
ただしその聖杯はプラスチック製で、己の内側から絞り出される黄の秘宝で満たさなければならない。
出た。出した。出し切った。
戻る道中、コップ片手に歩く姿は、まるで魔法の薬を手にした村の勇者。
受付の人に「こちらにどうぞ」と促され、僕は聖杯を手渡す。
この瞬間だけは、自分が世界で一番意味不明な行為をしていると自覚する。
検査結果を待つ間、壁に貼られた前立腺のイラストを見つめながら考える。
なぜ我々は、ここまでして“尿”に翻弄されるのか。
思えば人生のスタートは羊水の中、つまり液体から始まり、そして終焉もまた、失禁という名の液体への回帰なのかもしれない。
全ては流転。
輪廻とは水のことだったのだ。
結果は「特に問題ありませんね」とのことだった。
だが僕は、今日もまた一歩、“尿と人間の間にある神秘”に近づいた気がした。
帰り道、コンビニで麦茶を買った。
僕の中で、新たな物語がまた始まろうとしていた──。