Kindle本出版のため推敲をつづけているのですが、自分が書いた文章を直すのって本当に難しいですね。
書き上げたら3週間なり時間を置いてから見直しましょう、とよく言われますが、いくら時間を置いても書いたのはわたしなので、だいたいすべてを覚えているんですね。あれだけ苦労して書いた小説の文章とイメージを忘れるはずもありません。
はじめから読み直し、つじつまが合っていない箇所はもちろん、合っていても文章的におかしなところは書き直します。この年になって(四十後半)ようやく身にしみたのですが、「てにをは」はホント大事です。ホント大事です。なにが書いているのかわからない、という文章は、単純に「てにをは」がおかしいだけ、という場合がホント多いです。多くの方に読んでいただくには、小学校レベルの基本中の基本を学び直す。もうそれだけで、文章の質が上がる、というか、プロに近づく、というか、結局はそこだったんだな、と実感できます。「わたしは」と「わたしが」のちがいとか、プロはしっかり使いこなせるんだそうですよ。
「下手だな~」「意味不明」「なにか不自然」という箇所が見つかったら、まずはかみしめるように一文一文目を通します。わたしの、名前は、○○です。口に出して読んでもいいです。そしてようやく、「てにをは」がおかしかったのか、などと原因が特定できます。自分の文章は自分から出てきたものなので、それだけ厄介です。方言が通じない、というのに似ていますでしょうか。「しょすい」って、意味わかります?笑(答:恥ずかしい)。
もっと厄介なのは、よく書けている部分です。明らかに名場面。全米が涙する場面。書けたのは奇跡、とでも言いたくなるような場面です。気に入っているので、より覚えていますし、ちょっと読み返すと場面の映像と興奮が鮮やかに蘇ります。最高。問題なし。一文字も直す必要なし。
あるんですね、問題。お気に入りの部分は、さらにかみしめるようにチェックします。センテンスごとにさっと読んでしまうと、ニヤニヤしながらおれ天才、で終わってしまいます。場面ではなく、文章です。正しい文章かどうかをチェックします。
そうしてこんな文章が見つかります。
遠巻きに見つめながら、ゆっくりと近づいた。
「遠巻き」は、遠くから取り囲む、という意味です。当時のわたしはおそらく、警戒しながらゆっくりと対象に近づいている、という動作を表現しようとしたのでしょう。わたしはホントこういう語句の使用まちがいが多いです。
なんだか読みにくい、という箇所も見つかります。
小鬼が民家の玄関から通りに飛び出した。泣きわめく女の髪をつかんでいる。
化け物が女の髪をつかんで表に出てきたんですね。ですがなにかがおかしい。「小」鬼だけによけい、女の髪をつかみながら「飛び出せる」はずがない。さらに言えば小鬼が1匹で女を引きずろうとするか、という問題もあります。小鬼が飛び出す、という表現自体も微妙にヘンです。
小鬼が数匹、民家の玄関から表に出てきた。泣きわめく女の髪をつかみ、四つ辻に向かって引きずっていく。
これで正解、ではないかもしれませんが、まあましになったかなと。化け物が
「出てくる」、という場面は、なるべく迫力をもって伝えたいものです。でも語句で表現しようとすると、陳腐になったり上のような微妙なまちがいを犯すようです。なのでもう、「出てきた」でいい、文章的にまちがうくらいなら迫力を削ってもいい、そういう判断をわたしはするようになりました。「言った」も同じですね。ごちゃごちゃしている箇所は、シンプルに「言った」に修正します。表現は前後のセンテンスに任せます。ない場合は書き足します。
自分の文章ってホント厄介です。なので執筆の時点から、もうシンプル、とにかくシンプル、を心がけて書くようにしています。わたしの名前は○○です。鮮やかに描き出すより、単に伝わったほうがいいです。鮮やかに描き出す腕がまずありませんし笑。