前世(踏み絵)

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私は東京生まれの東京育ちですが、父は熊本の天草出身です。
父は若い頃迄はキリスト教徒でした。
でも、東京に来て家族を持ってからは
キリスト教とは無縁の生活をしていました。

私は小学生の頃から
(踏み絵)
と言う言葉に、異常な嫌悪感を感じていました。
教科書で見ると、何かしてはいけない事をしてしまったような、
罪悪感を感じていました。
(踏み絵はしてはいけない)
と言う心の声が時々聞こえてきていました。
子供ながら
(私は関係ない)と
頭を、振り払っていました。
私は何度も見える様子が、私の前世であったのかもしれないと
考え始めました。

そこは天草と言う場所です。
お役所で、お役人達が、お役所の庭にむしろを敷いて
農民や町民、子供や若者、老人迄、沢山の人々を座らせ
次々と名前を呼び(踏み絵)をさせています。
イエス様の青銅板です。
私は質素な着物を着て手拭いを頬かぶりしています。
何処かの武家屋敷に奉公に出ている若い女性です。
次々にキリシタン仲間が、お役人から呼ばれて、
(踏み絵)をさせられようとしています。
仲間が、(踏み絵)を出来ないで牢屋に連れて行かれます。
だんだん自分の番に近づいて来ました。
私はかぶり物を取り、涙ながらにイエス様をお祈りします。
すると、大声で脅されて棒で何かを叩き、脅してきます。
私はどうしても出来ない。
と言うと
イエス様の青銅板を私の足につけようとして来るのです。
私は気が狂ったように泣きじゃくり、
牢屋に入れられます。
少しだけ足にかすったと
イエス様に申し訳なくて、申し訳なくて、お祈りしています。

そして、
歴史では天草で火あぶりがあったとは残されてはいないのですが、
私は何人かのキリシタンと共に火あぶりにされそうになる所迄
何回も何回も見ました。
火あぶりは誰でも怖いはずです。
でも(踏み絵)が怖いとは思わないのでは?
私はやはり(踏み絵)させられそうになった女性だったのだ。
私の前世は隠れキリシタンだったのだ。
と思っています。

その後、隠れキリシタンは
(踏み絵をすれば、生きていられる。
イエス様に、信仰を貫いて生きれば良いのだ)
と言う考え方になったそうです。
そして隠れキリシタンが何万人もいたし、
今もいるのです。

神道や仏教と交わって
独自のキリシタンになっているらしいのです。
色々な事を経ても
日本人が、250年以上も
キリスト教を貫いた事を
キリスト教の偉い方が、公の場で褒め称えたそうです。

私は多分そんなに立派な心を貫いたとは思いませんが、
踏み絵が怖いとは今も思っています。
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