スマートフォンを開いて、連絡先一覧をスクロールしているとき。
ふと手が止まり、もう何ヶ月も、あるいは何年もやり取りをしていない名前が目に留まることはありませんか。
「今度、ゆっくり会おうね」「また連絡するね」
あのとき交わした温かい言葉を素直に受け止めて、期待に胸を膨らませながら連絡先を交換したはずなのに。
結局、相手から通知が届くことはなく、自分からも連絡するタイミングを見失ってしまった。
そうしてスマホの奥底で静かに眠るその名前を見るたび、胸の奥がキュッと小さく痛むような感覚になるかもしれません。
「私だけが本気にして浮かれていたのかな」「もっと社交辞令をうまく見抜けるスマートな人になれたらいいのに」
そんなふうに、期待してしまった自分を少し恥ずかしく思ったり、自分の愚直さを責めてしまったりすることもありますよね。
心理カウンセラーとして多くの方の心に触れていると、こうした何気ない人間関係の擦れ違いに深く傷ついている方によく出会います。
でも、僕は思うのです。
相手の言葉を真に受けて連絡を待ち続けたあなたは、決して愚かでも、世渡り下手でもありません。
むしろ、誰かが差し出してくれた言葉を誤魔化さず、ひとつひとつ大切に受け止めることができる、とても真っ直ぐで温かい心の持ち主です。
世の中には、その場の空気を滑らかにするために「またね」と軽やかに口にする人がたくさんいます。
それは相手にとって悪気のある嘘ではなく、単なる挨拶のようなコミュニケーションの一部なのかもしれません。
けれど、あなたは違いますよね。
発せられた言葉の裏にあるぬくもりを信じ、相手との縁を真剣に大切にしようとしたからこそ、その言葉を重みのあるものとして心に保管したのです。
連絡が来なかったという結果だけを見ると、虚しさや寂しさが残るかもしれません。
でも、その連絡先の肥やしになってしまった名前は、あなたがそれだけ人に誠実に向き合おうとした証拠でもあります。
誰かを信じる力や、言葉を大切にする優しさは、人間関係において本当にかけがえのない素敵な宝物です。
だからどうか、「真に受けてバカみたいだったな」なんて、ご自身の優しさを否定しないでくださいね。
そして同時に、「自分から連絡してもいいのかな」「迷惑だったらどうしよう」と悩んで固まってしまった時間も、あなたを守るために必要だった時間なのです。
相手の状況を思いやり、踏み込みすぎるのを躊躇う優しさがあったからこそ、あなたは連絡を送らずにそっと見守る選択をしたのでしょう。
スマホの中に残された連絡先は、決して失敗の記録ではありません。
あなたが誰かと心を通わせようとした優しさの足跡です。
もし今度、似たような場面に出会ったときは、「言葉通りになったら嬉しいな」くらいの軽やかな気持ちで、空の上に小さく風船を浮かべるように構えてみてください。
相手の言葉に寄り添いながらも、自分の心をすり減らさない適切な距離感を、少しずつ育てていけば大丈夫ですよ。
あなたのその素直で温かい心は、これから出会う本当に大切にすべき人との関係で、きっと素敵な花を咲かせるはずです。
ご自身の持つ純粋で誠実な優しさを、どうか誇りに思ってくださいね。
僕は、あなたが自分自身の優しさを愛おしく思いながら、心地よい人間関係の中で温かい毎日を過ごしていけることを、いつでも心から応援しています。