教員を辞めた理由 「あと15分あれば伸びる子」に届く場所へ

教員を辞めた理由 「あと15分あれば伸びる子」に届く場所へ

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学び
三月の教室で、最後に黒板を消しながら、毎年決まって思い出す顔がいくつかありました。「あと少しだけ、手をかけられたら」と思いながら、そうできなかった子どもたちの顔です。その心残りが、いまの仕事につながっています。

担任一人に、三十人


どのクラスにも、「あと少し寄り添えれば、ここから伸びる」とわかる子がいました。分数の入り口でつまずいている。九九の七の段だけに穴がある。あと一週間、毎日十五分だけ横についていれば、霧が晴れる。それが手に取るようにわかるのに、担任は一人で、教室には三十人がいます。

授業は止められません。丸つけも、行事の準備も、ほかの二十九人への目配りもある。となりでケンカが起きれば、そちらが先になる。あの子だけに毎日十五分を割く時間は、どうしても作れませんでした。放課後に少し残して見た日もありましたが、毎日は続かない。それが二十年間、ずっと心の奥に残り続けました。

「集団だから伸びる子」と「集団だからこぼれる子」


集団の中でこそ力を出す子は、確かにいます。友達と競い合い、周りに引っ張られて伸びていく。学校というしくみは、そういう子にはとてもよく合っています。

一方で、集団の中では質問できない子もいます。手を挙げられない、わからないと言えない、周りのペースに飲み込まれてしまう。授業では一言も話さなかった子が、一対一になった途端、「あのね、ここなんだけど」と話し始めることが、本当によくありました。その子は能力が低いのではありません。ただ、力を出せる場所が、まだ見つかっていなかっただけなのです。

家庭でできること 「ここまではわかる」を探す


もしお子さんが授業についていけていないと感じたら、家では「どこがわからないの」ではなく、「どこまではわかる?」と聞いてみてください。

わからない場所を問い詰められると、子どもは黙ります。責められている気がするからです。けれど「わかっている場所」を尋ねられると、「ここまでは大丈夫」と答えられる。そこが、次の一歩を踏み出すスタート地点になります。できない場所ではなく、できる場所を土台にする。つまずきの一つ手前まで戻ってあげるだけで、進み始める子はたくさんいます。たとえば分数でつまずいている子の多くは、分数そのものではなく、その前の「1を等しく分ける」という感覚が抜けています。そこへ戻って、りんごやようかんを実際に分けてみせると、急に表情が変わる。戻ることは後退ではありません。戻る勇気が、次の一歩をずっと軽くしてくれます。

辞めたのではなく、移った


いまはオンラインで、一人の子にまるごと時間を使えます。あの日「あと十五分」が作れなかった子に、いまなら五十分をまるごと渡せる。わからないと言える距離で、その子のペースだけを見て進められます。話が横道にそれても、その横道につきあう余裕があります。

私は教員を辞めた、とは思っていません。届かなかった子に、ようやく届く場所へ移った。そう思って、今日も画面の前に座っています。

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