自分の幸せを願うのは、欲深いことでしょうか?

自分の幸せを願うのは、欲深いことでしょうか?

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占い
「自分のために祈願をお願いするのは、欲深いでしょうか?」

このように思われる方も、いらっしゃるかもしれません。

金運を良くしたい。

仕事で成功したい。

良いご縁に恵まれたい。

家族と幸せに暮らしたい。

健康で長く生きたい。

こうした願いを持った時、

「仏様にこんなお願いをしてもいいのだろうか」

と遠慮される方がおられます。

確かに仏教では、欲望に執着することを戒めます。

しかし、

「願いを持つこと」と、

「欲望に執着すること」は、

同じではないと私は考えています。

たとえば、

「もっとお金が欲しい」

という願い一つをとっても、

その理由は人によって違います。

家族を安心させたい。

子どものためにお金を残したい。

借金を返して生活を立て直したい。

商売を発展させ、従業員を守りたい。

自分に余裕ができたら、困っている人を助けたい。

そこには単なる欲ではなく、

「大切なものを守りたい」

という思いがある場合もあります。

私は、自分自身が幸せになることを願ってよいと思っています。

なぜなら、

自分の心に余裕がなければ、

なかなか人にも優しくできないからです。

自分が笑顔になれば、

家族にも笑顔が広がる。

生活が安定すれば、

誰かを助ける余裕が生まれる。

仕事がうまくいけば、

周りの人にも良い影響を与えることができる。

自分の幸せと、

人の幸せは、

必ずしも別々のものではありません。

ただし、大切なのは、

「自分だけが良ければいい」

という願いにしないことです。

仏教には、

「自利利他(じりりた)」

という大切な考え方があります。

自分自身を良くしていくことと、

他の人のためになること。

その二つは離れたものではありません。

自分が幸せになり、

その幸せを周りの人にも分けていく。

私は、そのような願いであれば、

どうぞ遠慮なく仏様にお伝えしていただきたいと思っています。

そして今日は8月15日。

お盆の時期でもあります。

私たちの命は、

自分一人だけで始まったものではありません。

父母がいて、

祖父母がいて、

そのまたご先祖様がおられ、

たくさんの命がつながって、

今の自分があります。

だからこそ、

自分自身の命を大切にすることも、

ご先祖様からいただいた命を大切にすることにつながるのではないでしょうか。

「幸せになりたい」

そう願うことを、

恥ずかしく思う必要はありません。

ただ、

自分だけの幸せで終わらせない。

いただいた幸せを、

家族へ。

周りの人へ。

そして社会へ。

少しずつ広げていく。

そのような生き方を目指していきたいものです。

祈る。

感謝する。

そして、一歩動く。

もし今、

「人生を良い方向へ変えたい」

「もう一度やり直したい」

「家族と一緒に幸せになりたい」

「叶えたい願いがある」

そのようなお気持ちがございましたら、

どうぞその願いを仏様の御前にお預けください。

皆様の願いが良き方向へ開かれ、

その幸せが周りの方々へも広がっていきますよう、

心を込めてお祈り申し上げます。

合掌🙏

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📿 純聖寺高槻布教所では、真言密教の法要に則り、お一人おひとりの願いに合わせてご祈願を厳修しております。

金運上昇・厄除け・家庭円満・身体健全・商売繁盛・良縁成就・心願成就など、さまざまな願いを承っております。

遠方にお住まいの方には、遠隔でのご祈願も承っております。

「こんな願いをお願いしてもよいのだろうか」

「自分の場合は、どの祈願が合っているのだろう」

という場合も、どうぞお気軽にご相談ください。

願いの大小で祈願の心を変えることはございません。

ご縁をいただいたお一人おひとりのお名前と願いを御宝前にお届けし、一座一座、心を込めてお勤めいたします。

合掌🙏
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