「こんなことで祈願をお願いしてもいいのでしょうか?」
ご相談をいただく中で、このように遠慮される方がおられます。
たとえば、
仕事のことで少し悩んでいる。
家族との関係がうまくいかない。
お金のことで将来が不安。
良いご縁に恵まれたい。
最近、何となく物事がうまくいかない。
大きな病気でもないけれど、健康が気になる。
そして、
「もっと大変な人もいるのに、自分くらいの悩みでお願いするのは申し訳ない」
と思われる方もいらっしゃいます。
しかし私は、
悩みに大きい、小さいはないと思っています。
同じ出来事であっても、受け止め方は人によって違います。
他の人から見れば、
「そんなこと、気にしなくてもいいよ」
と思えることでも、
ご本人にとっては、毎日心から離れないほど大きな問題かもしれません。
ですから、
「これくらい我慢しなければ」
と、無理に自分の気持ちを押さえ込む必要はありません。
仏様の御前では、
格好をつける必要もありません。
「今、私は不安です」
「どうしたらいいのか分かりません」
「良い方向へ進みたいです」
そのままの気持ちをお伝えすればよいのです。
私は祈願を、
「大きな願いを叶えてもらうためだけのもの」
とは考えていません。
祈ることで、
自分が本当に何を望んでいるのかを見つめる。
不安でいっぱいになった心を、一度整える。
そして、
「今日から自分にできることをやってみよう」
と、新しい一歩を踏み出す。
祈願には、そのような意味もあると思っています。
たとえば、
「仕事運が良くなりますように」
と祈ったのであれば、
翌日、一つだけ仕事のやり方を変えてみる。
「良いご縁がありますように」
と祈ったのであれば、
人との出会いを大切にしてみる。
「家庭円満」を願ったのであれば、
今日は自分から家族に、
「ありがとう」
と言ってみる。
小さな一歩で構いません。
祈る。
感謝する。
そして、一歩動く。
この積み重ねが、やがて人生の流れを変えていくことがあります。
そして、もう一つお伝えしたいことがあります。
祈願をお願いする時に、
「願い事をうまく説明できない」
という方も心配なさらなくて大丈夫です。
「最近、何となくうまくいかない」
「これからの人生を良い方向へ進めたい」
「何をお願いすればいいのか、自分でも分からない」
そのようなご相談でも構いません。
お話を伺いながら、その方の願いに合った祈願を一緒に考えることもできます。
願いがはっきりしてから祈るのではなく、
迷っている時だからこそ、手を合わせる。
そのような祈りがあってもよいのではないでしょうか。
もし今、
「こんなことで相談してもいいのかな」
と思っておられるのでしたら、
どうぞ一人で抱え込まないでください。
願いの大小で、祈りの尊さが変わることはありません。
皆様の心が少しでも穏やかになり、良き方向へ一歩を踏み出せますよう、心よりお祈り申し上げます。
合掌🙏
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📿 純聖寺高槻布教所では、真言密教の法要に則り、お一人おひとりの願いに合わせてご祈願を厳修しております。
金運上昇・厄除け・家庭円満・身体健全・商売繁盛・良縁成就・心願成就など、さまざまな願いを承っております。
「どの祈願を選べばよいのか分からない」
「自分の悩みでもお願いしてよいのだろうか」
という場合も、どうぞお気軽にご相談ください。
ご縁をいただいたお一人おひとりのお名前と願いを御宝前にお届けし、心を込めてお勤めいたします。
合掌🙏