「特に大きな悩みはないのですが、祈願をお願いしてもいいのでしょうか?」
このように思われる方もいらっしゃるかもしれません。
祈願というと、
病気になった時。
仕事がうまくいかない時。
お金に困った時。
家族に問題が起きた時。
人生が思い通りにいかない時。
そのような「困った時にお願いするもの」というイメージを持たれる方も多いと思います。
もちろん、
苦しい時に仏様へ手を合わせることは、決して悪いことではありません。
つらい時。
不安な時。
自分の力だけでは、どうしたらよいか分からなくなった時。
「どうかお力をお貸しください」
と祈る。
それも大切な祈りです。
しかし私は、
祈りは「困った時だけ」のものではないと思っています。
何事もなく朝を迎えられた。
家族が今日も元気でいてくれた。
仕事をさせていただけた。
食事をいただくことができた。
今日も無事に一日を終えることができた。
私たちの日常には、
当たり前に見えて、決して当たり前ではないことがたくさんあります。
だからこそ、
何かをお願いするだけではなく、
「今日もありがとうございます」
と手を合わせる。
そのような祈りも、とても大切なのではないでしょうか。
そして、
人生の節目に祈願するという考え方もあります。
新しい仕事を始める時。
商売を始める時。
新しい家へ引っ越す時。
結婚する時。
新しい年を迎える時。
誕生日を迎えた時。
何か新しいことに挑戦する時。
「どうかうまくいきますように」
と願うだけではなく、
「ここまでお導きいただき、ありがとうございます。これからも精進いたします」
と感謝を込めて祈る。
私は、そのような祈願も大切にしています。
祈願とは、
困った時だけ仏様に助けを求めることではありません。
今いただいているご縁に感謝し、
これからの自分の生き方を御宝前で確かめる。
そのような時間でもあると思っています。
私はいつも、
祈る。
感謝する。
そして、一歩動く。
この三つを大切にしています。
お願いするだけではなく、
今あるものにも感謝する。
そして、
自分にできることを一つ行う。
たとえば、
商売繁盛を願ったなら、
今日一人のお客様を、いつも以上に大切にする。
家庭円満を願ったなら、
家族に「ありがとう」と伝える。
身体健全を願ったなら、
自分の身体を少しいたわる。
良縁を願ったなら、
今すでにいただいているご縁を大切にする。
その小さな行動もまた、
祈りの続きなのだと思います。
そして不思議なことに、
「足りないもの」ばかりを見ていた時には気づかなかった幸せに、
感謝することで気づけることがあります。
幸せになったから感謝する。
それだけではなく、
今ある幸せに気づき、感謝することで、
心が豊かになっていくこともあります。
ですから、
今、大きな悩みがなくても構いません。
「家族がこれからも元気でありますように」
「仕事を続けられますように」
「今年一年、無事に過ごせますように」
「これからも良きご縁に恵まれますように」
そのような願いも、立派な祈りです。
困った時には、
「どうかお助けください」
嬉しい時には、
「ありがとうございます」
新しい一歩を踏み出す時には、
「どうかお導きください」
人生のさまざまな場面で、
仏様に手を合わせていただければと思います。
皆様とご家族が、
今日一日を無事に過ごし、
今ある幸せに気づきながら、
さらに良き方向へ歩んでいかれますよう、
心よりお祈り申し上げます。
合掌🙏
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📿 純聖寺高槻布教所では、真言密教の法要に則り、お一人おひとりの願いに合わせてご祈願を厳修しております。
金運上昇・厄除け・家庭円満・身体健全・商売繁盛・良縁成就・心願成就など、さまざまな願いを承っております。
大きなお悩みがある時だけでなく、
「これからも家族が無事でありますように」
「新しい一歩を良い形で始めたい」
「今いただいているご縁への感謝をお伝えしたい」
というご祈願も承ります。
どのような祈願がよいか分からない場合も、どうぞお気軽にご相談ください。
御宝前にお名前と願いをお届けし、一座一座、心を込めてお勤めいたします。
合掌🙏