【愛情の判断は、よく見なければ分かりづらいものだから】
そう女神が告げています。
もっと会って欲しい、もっと連絡して欲しい
もっと愛情表現をして欲しい
たくさん遊びに連れて行ってもらいたい
おはようもおやすみも、たくさん気にかけて欲しい
好きならやってくれるはずだよね...
目の前の回数や頻度などの分かりやすいもので判断してしまうと
それが期待通りのものでなかった時に不満となってしまう
好きならこうしてくれるはず
そのような判断基準など本来存在しない。
期待や不満は良い人間関係を生まない
そもそも目を向けている部分をまずは再確認した方がよくて。
◯◯をしてくれるから自分のことを好きである
その判断基準は一体どこからきたものなのかを疑ってみるのはどうですか。
一緒にいる時の瞳は優しいですか
手を握っている時に、温かさを感じるかどうか
その手を握る強さに、愛情を感じますか
表面上の言葉の裏側に隠れている気持ちを感じますか
肝心な時に逃げない、理解をしてくれる
嫌がることをしない、悲しませるようなことをしない
信頼をすることはできますか。
愛情ってもっと感覚的なもの
感じるものだから...
そして分かりづらいもの
だからこそ形として測れるものではないから。
愛情をお相手に委ねるのではなくて
自分が愛情を感じてちゃんと見つけることができるよう
それに伴って愛することができるよう
感覚を研ぎ澄ませたり、感受性を豊かにしたり、見る目を養ったり
自分自身も確実に成長していかなければならない。
本物の愛情を見つけて、そして受け取れるには器も必要だから。
分かりづらい部分に隠れている本物を
見つけていく作業はとても人として成長できますよ。
蒼みれい