(305日目)ハラハラするハラスメント。

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コラム
もう、ハラハラしちゃうほど
世の中ハラスメントに溢れていますけど
皆さんいかがお過ごしでしょうか?

さてハラスメントと言えば
どんどこ新しい言葉が生まれてきて
ハラスメントだけでお腹いっぱいになりそうです。

今や、企業では研修を行って対策したり
ハラスメントを訴えやすい環境になったりと
良い方向に進んでいるように一見見えますが
果たして本当にそうなのでしょうか?

ハラスメントとは何か?

ハラスメントとは何か?と問われて真っ先に思い浮かぶのは
⇒学校内でのいじめ
⇒職場でのいやがらせ
⇒立場を使った圧力
こんなところでしょうか。

言ってしまえば
「相手に不利益や心理的ダメージを与える行為」
その全般を指す言葉です。

法律で縛られているものもあれば、
社会通念上・・・いわば道徳的にダメなものもあります。

パワハラ・モラハラ・カスハラと、もうハラハラしっぱなし。
ドキドキハラハラが止まりません。これもうドキハラだよ。

■個人を尊重する世界

今の時代、個人を尊重する傾向があります。
それは社会形成よりも重視されている感じもします。

社会生活 < 個人
こんな図式で表せると思います。

世の中に全く同じ個人は存在しないワケで。
100人いれば100通りの性格・思考・受容度があり、
それらが尊重される時代になってきたと思うのです。

だからこそ、各個人に合わせることができる
オーダーメイドな対応が求められてきた時代とも言えます。

そんな中にあって、
ハラスメントなんて言葉がまだ世の中になかった世代
そんな人間からすれば複雑で心理的負荷の高い環境とも言えます。

■ハラスメントが起こる根っこ

古い世代はそれこそ、
・言われたとおりにしろ
・意見するとは何様だ
・ワガママを言うな
こんな時代を生きてきたわけですから、
心理的抑圧は現代と比較できないほどだったのではないでしょうか。

そしてそれが「当たり前」として植えこまれたからこそ、
この時代に順応できない体質になってしまったとも言えます。

いくら企業が研修を重ねようが、
ハラスメントがニュースになっていようが、
過去体験が染みついた人間からすれば
「それの何が悪いのか?」
「今の時代は軟弱だ」
という思考に行き着くのは自然な流れかもしれません。

こう書いちゃうと、まるでハラスメント擁護をしている
そのように思われるかもしれませんが実際は違います。

ハラスメントを無意識に行う人は、
『社会の変化に対応できず、
  自分自身を客観視することも叶わず、
   成長の欠片もない人間』
と私は考えています。

ただ、相互理解を叫ばれている時代だからこそ、
ハラスメントをする側の原体験や思考プロセス
これらを理解しなければ真の解決にはならないとも思います。

今の時代、企業がハラスメント研修を実施して
対策するのも当たり前になってますが、
その内容は本当の解決には程遠いと感じます。

なぜなら、問題の根っこを解決しているとは思えないからです。
よく耳にする当たり前な内容を
一方的にセミナー形式で聞かされても、
他の研修同様に睡魔を与えてくれるだけで終わるでしょう。

結局のところハラスメントをしてしまう人の根っことは
・感情の制御ができない
・想像力の欠如
この2点です。

たとえ研修で「これはしてはいけません」
「言ってはダメな言葉は●●です」と言われても
全く意味がないんですよ。

それよりも必要なのは思考トレーニングです。

感情の制御ができない>人には、
感情的にならないような受け止め方や
精神安定の手法を伝授するべきでしょう。

相手の態度や発言に即時反応するんじゃなくて、
「○○はなぜこのように言うのだろう?」
「この態度をとっている理由は何だろうか?」と疑問を持ち、
相手に問いかけるプロセスを学ばせるほうが有効でしょう。

想像力の欠如>している人は、
自分の行動がどのような結果に繋がるかを
予測する能力がとてつもなく欠けています。

だからこそ例題を出しながら、
結果を予想し行動に落とし込んでいく
シミュレーションを重ねさせるほかありません。

本来あるべき意識改革とは、このように問題の本質を見極めて
それに対応したコンテンツを用意しなければなりません。

もちろんそのような研修を行うとすれば
人的・時間的リソースが必要になりますが、
一方的な座学研修を受けさせるよりも
何倍も有意義なのは想像に難くありません。

■ハラスメントは受け手の主観
そもそもハラスメントは非常に難しい扱いだと思います。
なぜなら受け手が「不快・不利益」と感じてしまえば
それはハラスメントに当たる恐れがあるからです。

受け手その人の主観だから定義自体ができないんですよね。
定義できないということはマニュアル化できないんです。
マニュアルのように「これをしなければ正解」のように
体系化できない問題をはらんでいるわけです。

正直なところ、主観だけでハラスメントと言われるのも
それ自体が問題だと思っています。
そんな曖昧だから過剰な反応を生み出したり、
それこそ冤罪に近いような出来事も生まれてしまう。

ハラスメントを訴えたことで被害を受ける人間が生まれる
そんな実害があるのも事実です。

そのようなリスクを回避するためには、
自分自身が冷静かつ論理的に物事を考えて
相手に伝える方法を体得するほかありません。

例えば部下が失敗をしたときに
怒りにまかせて言葉を発するのではなく、
「失敗をした原因はなにか?」
「なぜその原因が生まれたか?」
「同じ失敗を繰り返さないためにどうすべきか?」
を問いかけて課題解決する姿勢が最も良いでしょう。
これが”怒る(感情)”と”叱る(指導)”の違いとも言えます。

指摘したことに相手が気分が害したならば、
「自分がなぜそのような指摘をしたか」を説明して、
相手が納得できるまで会話を繰り返すこと。
相手を慮りつつも論理的に説明を行うこと。

このように対応することでハラスメントリスクは
ある程度防ぐことができるでしょう。


ハラスメントにハラハラするより、
自分のやり方を変えてみて環境を作っていく。
それが最も効果的なリスク回避策です。



追伸
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