日本語の「いいです」はYESかNOか。マニュアル主義の現場で起きる、言葉のすれ違いの防ぎ方。

日本語の「いいです」はYESかNOか。マニュアル主義の現場で起きる、言葉のすれ違いの防ぎ方。

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ビジネス・マーケティング
日本人なのに、日本人同士のコミュニケーションって、本当に難しいなと感じることがあります。

最近、世の中の効率化が進んで、AIによる自動の営業電話や、音声の自動文字起こしといった仕組みをあちこちで見かけるようになりました。

電話がかかってきて「あ、AIだな」と分かった瞬間にガチャンと切られたり、慣れた相手からはちょっとからかわれたり。

技術の進歩って、本当にすごいですよね👀

いまの技術なら、その通話データを右から左へ一瞬で文字に起こして、そのまま綺麗な「文章」として報告書にまとめることも、きっと簡単にできるのでしょう。

だけどふと、ある「違和感」を抱いてしまったのです。

それは、本当に正確な「報告」なのだろうか、と。

たとえば、電話の向こうで相手から「いや、いいです」と言われたとき。

もし、その場のニュアンスが「いやいやいや、それはいいですね!」と、前のめりで完全なYES(肯定)のトーンだったら。

逆に、淡白に「いや……いらないですって。結構ですから」と、あしらうように吐き出された完全なNO(拒絶)のトーンだったら。

「文字」だけに起こしてしまえば、どちらも同じ「いいです」という文字になってしまいます。

もし、この文字づらだけを信じて、相手の本当のトーン(YESかNOか)を見誤ったまま次のアクションを起こしてしまったら……。

どう考えても、その先には「クレーム」に繋がる未来しか見えません。

日本語って、文字通りに受け止めると本当に危ない仕組みになっているんですよね。


そういえば先日、長女が修学旅行で京都から帰ってきました。お土産を抱えて嬉しそうにする娘を見ていて、昔、ネットか何かで見かけた京都の「遠回しな察する文化」を思い出したのです。

決して京都の文化を貶しているわけではないのですが、たとえばお邪魔した先で「ええ腕時計してはりますな」と言われたら、それは時計を褒めているのではなく「そろそろお引き取りください(帰ってね)」の合図だったり。

元気に遊ぶ子どもを見て「元気なお子さんやねぇ」と笑顔で言われたら、その裏には「ちょっと足音が響いているから静かにしてね」という意味が隠されていたり。

もしその背景を「知らない」ままだとしたら、私なら「わあ、ありがとうございます!」と文字通りに受け取って、満面の笑みで返しそうだなぁと、想像していました(笑)。


でもこれ、京都の文化に限った話ではなく、いま私たちの働く現場でも、毎日当たり前のように起きていることだと思うのです。

仕事でチャットやメールのやり取りが主流になり、画面の向こうの相手を気遣うあまり、文字の表現がどんどん複雑になっています。

言葉通りに受け取ってほしいときもあれば、本当はそうじゃない「察してほしい背景」がある。

お互いに気を遣いすぎた文章を読み合ううちに、どこかでボタンの掛け違いが起きて、最終的に本当に必要な情報が届かないまま、お互いに頭を抱えてしまう。


文字データ(マニュアル)は綺麗ですが、そこに生きている人間の感情には、「声のトーン(グラデーション)」がある。

話すときも、文章で伝えるときも。

どれだけ忙しくても、ほんの少しだけ「相手の背景」に目を向けて、「で、結局お互いに何を確認しなきゃいけないんだっけ?」という本質を、一度フラットに判断していきたいですよね。

文字だけを見て「たぶんこうだろう」と突っ走る前に。

「それって、こういうことで合っていますか?」

そうやって、お互いのために「確認の1ターン」をそっと追加してあげること。

そんな不便だけれど温かい「心の余白」を、今のギスギスした現場やチャットの画面にも、お守りとして残していきたいなと思っています。😌

あなたは今日、画面の向こうの誰かの言葉を、文字通りに受け取りすぎていませんか?🥺





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