どうでもいいは約2500年前から続く深い叡智だった?!ブッダさんと夢の話。

どうでもいいは約2500年前から続く深い叡智だった?!ブッダさんと夢の話。

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学び
※この記事は2025年3月に書いたものです

こんにちはこんばんは🦧ちゃりです。

今日はなんとびっくり(きっと知ってる人はお前そんな大事なこと知らないでそんなこと言ってたの?)
ってお叱りを受けてしまいそうなのをもちろんもちろん覚悟の上で(笑)

私がお伝えしている
「どうでもいいマインド」のことについて、
改めて語らせていただきたいと思います🦧

タイトルの通り、どうでもいいという教えは、

なんとあの有名なブッダさんが
2500年前に悟りをひらかれたときから伝わるものだった
ということを、えーなんと、今日知りました(爆笑)

いやもうこれ怒られる案件だよ。
本当にごめんなさい🥺

話を戻しますね。
ブッダさんは
人間の苦しみの根源は執着だと見抜き、それを手放す方法として、どうでもいいと思う心の持ち方が大切になる。

と現代語訳で言えば、そう提唱されたようです。

なぜこの話を今日知ったのかというと、
私が仲良くさせていただいている方からの
一通のメッセージからでした。

たまたま現れたという動画の内容が
まさにブッダさんのどうでもいいの教えの話だったようです。

私がなぜこんなに驚いてるかというと
(もんのすごく興奮しています🦧)

ちょうど3日前の明け方に、
夢と現実の狭間のような状態の中で
「358を調べなきゃ」
となぜか思い、
半目状態でネットで検索をしたまま、
再び寝落ちるということがありました。

朝起きてみると、スマホが検索画面のまま。
どうやら私は本当に調べていたようです。

そしてそこにはこんなことが書かれていました。

お釈迦さまが悟りを開いたのは35歳8ヶ月。

358!!!
あ、ブッダさん?ここにいらっしゃいますね?
そんなことをふと感じたのです。

思えば、

このどうでもいいカウンセリングの進め方に、
実はちょっと悩んでいた2月を過ごしていた
ということもありました。

なので、358を調べなきゃって思ったのも、
それ関係のことかなとは思いつつも、

そこから3日間、
何を伝えたいんだろーってことばっかり
考えていたんですが、よくわかんない(爆笑)

ブッダさんが近くで応援してくれてるんだね!
ありがとう!と思ってそのままにしてました。

そして今日、
仲良くしている方からのメッセージを受け取って、
「こ、こ、これかぁ!!」と唸り声をあげてしまったのでした。

そうか、ブッダさんは

私がしていることを応援してくれてるのマジだったんだ!
ていうかブッダさんに私ずっと導かれてたんだ!!

という超ポジティブ思考で解釈をしました。笑

どんどんやっていきましょう!
そんな風に言ってくれてる気がして

嬉しくて嬉しくて
「あーよかった」という安心感を感じました。

私がどうでもいいカウンセリングという名前で
活動を始めたのは1年もたたない少し前のことです。

この「どうでもいい」というマインドが、
めっちゃ大事な気がするということに出会うまでに、
いろんな精神世界の勉強を(ブッダさんの本も読んだくせに覚えてないから勉強とはいえないですねごめんなさい)

とまぁ、そういう世界に触れながら、
星よみで自分のことを徹底解剖しまくり、
自分のマインドを大切にしてきた行く末に
これだなと思ったゆるさの着地点が「どうでもいい」でした。

ただ、この言葉ってどうしてもネガティブに伝わってしまう。

投げやりじゃないか。無責任じゃないか。
現実逃避だろ?
そんな言葉がハッキリと想像できちゃうくらいに、
どうでもいいの本質を伝えるのって難しいなーと。

問題や自分とちょっと
距離を置くための魔法の言葉なのになー。

どうしてこんなに
ネガティブに使われちゃうんだろう?

ってすごくもどかしさがありつつも

それでもこの道でやっていくことが、
私がやりたいことだからという
揺るぎない決意のもとに歩みを進めてきて、
今があります。

どうでもいいと思う心の持ち方を
ひとりひとりが持つことができれば、
きっと世界はもっと平和になるし、
愛で満たされるはずだから。

そんな風に思いながら歩んできた日々に、
どうでもいいとかいいながら

全然どうでもよくない
メッセージばっかりじゃないかって言われたり

もっと軽くやればいいのに重すぎない?
と言われたりしながらも

「いやそれこそどうでもいい🦧」と距離をとりながら、
紆余曲折しながらも
「続けることだけは確定事項!」
とわりと楽しく日々を過ごしてきています。

それでもやっぱり
思ったようには行かないなーと
思ってしまう日だってやっぱりあるのです。

どうしたらいいんだろう?
もっと変えたほうがいいのかな?

そんな風に思い始めていた矢先の
このブッダさんからの358のメッセージ。

これはもう応援以外の何者でもないと、
私は確信しました。
私がそう思ったらそうですよね。笑

なので、私はこれからも
このどうでもいいマインドを
1人でも多くの方に届けるために、

発信活動を心を込めてしていきたいと
強く思ったのでした🦧✨

最後に

どうでもいいがなぜ大事なのかをお伝えしておきます。
ここからが、1番大事なお話です。

長すぎるので誰も見ていないかもしれませんが(笑)
そんなことはどうでもいいのでお話しします🦧笑

私たちは、不安や悩み、心配に
心を支配されてしまうことがとても多くあります。

幸せを手に入れたい、
あれがほしい、これがほしいと欲望に振り回され

たとえそれが手に入ったとしても、
次は失う不安や恐れに掻き立てられてしまう。

自分の思う通りにならないことがあれば、
なんでこうなるんだと怒りや不満に襲われる。

そしてそのことをコントロールしたくなる。

誰かに認められたい、
評価してもらいたい、
どう思われているかと気になり始めると、

期待通りのことを相手がしてくれないと、
失望し、落胆し、
怒りや悲しみで心が埋め尽くされていく。

誰かと自分のことを比べて、
自分はまだまだダメだと、上ばかりを見て
尽きることのない不満を生み出してしまう。

このように、
物事に執着をすればするほど、
どんどん自分の心は重くなっていきます。

どうでもいいか。

そう思える距離感が保てずに、
起きる出来事に過度な反応ばかりを繰り返してしまう。

どうでもいいと思うことは、
出来事に対して距離を取ることができるようになる
魔法の言葉なのです。

決してそれは投げやりな言葉ではなく、
自分の中にある本当の声に気づくため。

そして大事なのは
過去に後悔したり、
未来に不安や心配をすることではなく、

今をめいいっぱい楽しんで
全身で味わって生きるということであると

それに気づくための
適切な距離を教えてくれるのが、
この「どうでもいい」なのです。

日々の生活に追われている現代では、
意識しないと常に自分はここにはいません。

食事を食べている時でさえ、
スマホを見ていませんか?

気づけば過去の失敗や辛い体験を思い出して
そこに思いを馳せてしまう。

気づけばまだわからぬ未来のことを
どうなるかと不安や心配や期待を膨らませてしまう。

このどちらにも共通しているのは
今ここに自分がいないということです。

過去や未来という違う時間軸にいます。

今ここに自分がいないということは、
大切な瞬間を見逃してしまっていることになります。

過去に起きたことは
もうすでに起きてしまったことなので
変えることはできません。

それでも人は、
「あの時ああしなければよかった」
と後悔をするでしょう。

そうしてあの時を後悔している間にも、
大切な「今」という時間は過ぎ去っていくのです。

未来のこともそうです。
まだ起きてもいないことに対して、
こうなったらどうしようと不安や心配を抱いてしまう。

あれを手に入れたら幸せになれると
欲望に掻き立てられ、

手にしたらそこにあるのは
幸せよりも失う怖さで、

さらに執着してしまう。

過去や未来に自分を置いているうちは、
決して気づくことができないんです。

ここにはすでに、
日常の些細な幸せが
たくさんたくさん溢れているということに。

温かいお風呂に入れたこと。
蛇口をひねれば水が出てくること。
今日も家族が元気でいられたこと。

だれかにありがとうと伝えられたり、
伝えてもらえたこと。
おいしいごはんを食べられたこと。

そんな今感じることのできる
小さなしあわせに気づくことができない、
心にゆとりが持てない状態が当たり前になっていると、
小さなことに自分の感情が揺さぶられることも多くなります。

満員電車にイラつき、
渋滞に巻き込まれてイラつき、
部下のミスを許せない、
困っているかもしれない人に
「おせーんだよ」と荒ぶってしまったり、

間違えたら「ごめん」
何かをしてもらえたときに
「ありがとう」さえも言えなくなっていく。

どうでもいい

そうやって
出来事と自分との間に空間を作ることは、
心のゆとりを作ることと同じです。

そのゆとりがもたらしてくれるのは、
満員電車でそこでできる
楽しみを見出すことができるし、

渋滞にあっても
好きな音楽をいっぱい聞けるとも考えられるし、

困っているかもしれないと思えれば、
大丈夫ですか?の一言をかけられるようになる。

間違いをしたのならば
素直に謝ることもできるし、

してもらえたことに
心からの感謝でありがとうが
自然と出てくるようになります。

どうでもいいは決して、
投げやりな言葉ではないし、
無責任な言葉でもないし、
現実逃避の言葉でもありません。

出来事と自分との間に距離を作って、
冷静に、何にも揺るがされない状態の自分で、
そのことをありのままに受け入れられる。

心が軽くなって、
ゆとりのある自分になるための魔法の言葉なのです。

何かが起きた時はぜひ、自分に
どうでもいいこと?それとも必要なこと?
と確認してみてください。

小さなことからでいいのです。

どうでもいいか。
そうやって自分の中にゆとりを取り戻し、

今ここにあふれている
ささいな幸せに気づいていける
きっかけになればと思います。

chari


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