最近、
「何かをしなければいけない”気がしない”」
そんな感覚が、ふと訪れることはありませんか。
前よりも、頑張っていない。
前よりも、主張していない。
でも、なぜか以前よりも静かで、確かです。
それは後退ではなく、
むしろ、別の段階に足を踏み入れているサインかもしれません。
これまで私たちは、
変えようとしてきました。
癒そうとしてきました。
良くしよう、正そう、導こうとしてきました。
でも今、
世界の空気は少し変わっています。
誰かを変える必要はない。
何かを証明する必要もない。
ただ、在ること。
そこに、深く息をして存在すること。
光とは、
振りかざすものでも、誰かに送るものでもありません。
部屋に灯りをつけるように、
ただ点いているもの。
誰かに「こうしなさい」と言わなくても、
「目覚めなさい」と促さなくても、
光があることで、
その人自身が気づける可能性が見えてくる。
お金の行き詰まり。
関係性の違和感。
身体の声。
それらに対して
「もしかして、別の見方があるかもしれない」
という余白が生まれる。
それだけで、十分なことがあります。
その別の見方って何?
というのは具体的には何かは、わからなくていいのです。
解決法、ではなく、見方です。
まずは、余白を創ることが先決なのです。
Makiko