誰もが自分自身に厳し過ぎる、と私は思う。みんな、他人には非常に優しく、思いやりに溢れた言葉を掛けたりするのに、本来、一番大切なはずの自分自身には厳しい評価を下し、ジャッジし、責め立てている。これは本当に不思議なことである。
私は自分にとても甘い。何時でも自分を最優先に考えているし、世界でたった一人の自分自身が愛しくて仕方ない状態である。そんな自分大好きな私ではあるが、それでも最初からそういう風に思えた訳ではない。
私は昔は非常に真面目で、几帳面な完璧主義者であった。他人に何かを頼まれれば絶対に嫌とは言わず、周囲の期待に応えることを優先して生きている人間だった。そんな「他人第一」「自己犠牲」の日々は次第に私自身を疲弊させ、私は終わることのない自己嫌悪のループに突入していた。
そんな絵に描いたような「自分自身を疎かにしていた男」であった私が変わったきっかけは、ほんの些細なことであった。
周囲の人々のことを考え、他人を思いやり、他人を助けようと奔走していた私は、あるとき、ふと鏡に映った自分自身を見て、酷く疲れ切ったその姿に、「なんか可哀想だな」と思った。そのときの私は、自分というものをよく理解していなかったし、自分自身が本当は何を望んでいるのかも全く分かっていなかった。ただ、根拠のない正義感と義務感に苛まれ、いい人間であろうとしていただけだったのである。
自分自身を労り、大切に扱うことを覚えた私は少しずつ変わって行った。自分自身を愛し、自分のために行動することを心掛けることで、私はやがて自尊心を取り戻した。
人生が変わるきっかけは何処にでも、どんなときにでもそこら中に転がっている。要はそれに気付くことができるかどうか、ということである。この世界にたった一人の自分が生きる、ただ一度の人生である。頑張っている自分を少しでも気の毒に思うなら、とりあえず今夜は自分自身を労い、大切に扱って欲しい。やはり、自分自身を疎かにする人が幸福を手にするのは難しいことだと思う。自分自身を最優先にすることで、新しい人生の扉が開き、私たちは見たこともない、素晴らしい世界への第一歩を踏み出すことができるだろう。