最近は結構、毎日を楽しく暮らすことができていると思う。思い返してみると、私はつくづく人に恵まれている。今までの人生においても、何度も窮地に陥ったことがあったが、その度に誰かしら優しい人や思いやりのある人が現れ、そういった人たちによって危ういところで救われて来た。
そういうことは本当に「運」だと思う。私は日頃から運があまりいい方とは思っていなかったが、よくよく思い返してみれば相当運がいい人間なのかもしれないと、最近気付いた。
私は麻雀が大好きで、オンライン麻雀などもよくプレイするのだが、そういったときに「運」の存在を否が応でも思い知らされる。麻雀というゲームは運の要素の極めて強いゲームで、将棋や囲碁とは全くそういった点で異なる性質のゲームである。
将棋や囲碁においては運の要素はあまりないが、こと麻雀においては「運が六分で腕が四分」とか、「運が七分で腕が三分」と言われている。それほどに麻雀とは運に左右されるゲームなのである。従って、麻雀においてはどんなに腕のいいプレイヤーでもいい牌を引いて来ることができなければ勝つことはできないし、初心者であっても運が良く、配牌が良かったり、次から次へといい牌を引いて来たりということがあれば、プロにも勝つ可能性は大いにある。
であるからして、麻雀では初心者がプロに勝つということもままあるし、それはよく耳にする話ではある。だが、これはよく考えれば麻雀に限った話ではない。
人生においても、運の要素は非常に強い。イグノーベル賞を受賞した「Talent vs Luck(才能か運か)」という実験で実証されたように、どんなに才能のある人間でも、環境が悪かったり、病気に罹ったり、事故に遭ったりといったことでその才能を発揮できないまま一生を終える人間も多い。
才能によって自らの置かれた状況を改善したり、経済的に豊かになることもあるが、病気や事故といったものはある意味において、避けようがなく、そういった意味において、やはり運が悪ければ人生においても成功することは難しいし、幸せになるかどうかということにも運の要素は大きく関わって来ると思う。
という訳で、「運がいい」ということは本当に素晴らしいことであると言える。私たちはもっとそのことについて重要視すべきであって、自らの運の良さにも感謝して然るべきだ。そして、そういった「日頃の感謝」ということが運を向上させるためにも非常に有効である、ということもまた事実だ。
他人に感謝する人間には、相手も同じように感謝の気持ちを返すし、そういった人にはいい仕事を回してあげようとか、いい人を紹介してあげよう、という気持ちにもなったりするものだ。そうやって感謝する人間にはいい仕事やいい縁が回って来る。
これが所謂「運」の正体である。運とはその人の生き方に対する報酬であり、その人の生き方がある意味において具現化したものである、とも言える。私たちは日頃からそういったことを意識し、自らの運が少しでも向上するように取り組む必要がある。運によって人は生きもするし、死にもする、という訳だ。
運は人生を左右する大切なものである。私たちはその本質についてもっと深く理解し、その向上のために日頃から努力する必要があるのだ。