私たちは日々の多忙な暮らしの中で、他人に対する「優しさ」や「思いやり」といったものを忘れてしまいがちである。こういったものは特段、生きて行くために必要なスキル等ではないため、比較的、軽く扱われる傾向にある。
しかし、それが生きて行くための必須のスキルではないにせよ、そういったものに全く目もくれずに人生を送って行けば、一体どうなるだろうか。恐らく、そういう人の人生においては、人間関係が破綻し、周囲から孤立したりなどして、楽しく、有意義な人生は送れそうにない、という風に予想できる。
他人に対して優しくするとか、思いやりを持って、誠実な態度で接するということは、相手がどうとか、それによるメリットとか言う前に、人として当たり前のことだと私は思う。何故と聞かれれば、それは返答しづらいほどに人間として当たり前に、自分としてはこの身体に染み込んだ感覚である。
第一、他人に対して横柄に接するより、誠実に接した方が自分自身が心地いいだろう。私は自分自身の利益とか、それにより得られる恩恵等より先に「心地よさ」の方を選んでしまうので、比較的、自然に他人に対しては真摯な姿勢で対応する人間だと自分では思っている。
現代社会は非常に皆、多忙であり、コスパやタイパを重んじる社会である。それを端的な言葉で表すならば、「効率化社会」とも言えると思う。そういった時代に「優しさ」や「思いやり」を説くのは些か、精神論的で、時代にそぐわないと思う方もおられるかもしれない。しかし、こういった時代だからこそ、時間をゆっくりと使って、他人に対して真心を尽くして対応することが大切なのだと思う。
どんな仕事においても、利益が出なければ、誰も生きていけないし、それは個人であろうと、企業であろうと同じなのは当然のことだ。しかし、それでも私は他人に対して愛を以って接したいし、できる限り優しさと思いやりを持って関わって行きたい。
それはビジネス云々という前に私にとっては生き方そのものに関わって来ることなので、どうしても譲れないところではある。私はいつも自分自身を好きでいたいし、自分の信念に従って生きていきたいと思っているので、そういった生き方しか選べないのである。
私が言いたいことは、この現代日本という混迷の社会においても、温かい心の交流や、他人への優しさ、思いやりといったものを大切にする人が少しでも増えて欲しい、ということである。
ネット上に溢れる「日本終了」「~の末路」「~で人生終了」といったコンテンツを見る度に、とても胸が痛む。人間というものがここまで冷たく、厳しいものになってしまったんだなととても悲しくなってしまう。
私はそれでも、人間の持つ愛情や温もりを信じたい。どんなに世界や時代が変わっても、人間がそういった温かいものを失くさないで欲しいと思うのは、私の勝手な思いなのだろうか。