こんばんは、たいち♂です。
今日、ご縁があって戦争を体験してきた方達のお話をお聞きしてきました。
いろいろなお話を聞かせていただき、とても有意義な時間を過ごさせていただきました。
全てのお話は到底書ききれないのですが、興味深かったのが、何人もの方が
「コロナ禍で今は大変だけど、戦争と比べたら対したことないから大丈夫だ」
と、おっしゃっていたことです。
たいち♂は戦争を知らない世代です。だから今のコロナ禍がとてもとても辛いことだと思っています。それは間違った感想ではないと思います。
でも、戦争を経験してきた方達は
「外出自粛でも、食べるものに困るわけではなく、携帯電話で誰とでも話せるし、万が一感染してしまっても医療も充実している。家にいてもテレビも見れるし退屈しないしね」
と笑っていました。
笑いながらそう言ってくださったことで、コロナも乗り切れて当然、という気にさせてもらえました。
戦争という、大きくて厳しい現実を生き抜いた方々は、コロナで全く動じていない。
戦争という張り詰めた命の緊張感の中で生きてきた方々は、コロナに対しての対策にも余念がない。
そして戦争を経験してきたからこそ、コロナ禍を「どうしようもなく不幸な事態」だと捉えていない。
実は「幸せ」というのは、本人の価値観ですべて決まるのかもしれません。
たいち♂の知り合いに、悪質なブリーダーのもと、10年以上もずっとケージの中から出たことがない犬を自宅に迎え入れた人がいます。
その犬は部屋を自由に歩くことも、どこまでも歩ける部屋の外もはじめて。ふかふかのクッションも、遊ぶと楽しいおもちゃも、美味しいおやつもはじめて。
全てが楽しく、いつも嬉しそうにしているそうです。
だからその犬にとっては、何気ないことがとても「幸せ」なんです。
戦争を経験してきた方達には、コロナ禍もそこまで悲観するものではないんです。
自分達も、目の前の小さな幸せをたくさん感じられるようになれば、もっと「幸福度」が上がるのかもしれません。
コロナ禍の中でも、今探せる幸せを見つけることが大事なのかもしれません。
「コロナのせいで」「コロナだから」
そんな言葉で片付けてしまうには、この事態が長く続き過ぎました。
だから、そろそろ新しい価値観が必要なのかもしれない。
今までの当たり前にあった「幸せ」は、もしかしたらもう戻ってこないかもしれない。
だけど、見方を変えれば新しい幸せが見つかるのかもしれません。
過去の「幸せ」にこだわる必要はないみたいですね。
どうしても忘れられない、過去の「幸せ」があるのなら。
それがどうやったってもう戻ってこないものなのなら。
誰かに話して整理してみませんか?
新しい「幸せ」を探すため、心のスペースに余裕を持たせましょう。