コラム「易を立てる前に、見えてくること。」

コラム「易を立てる前に、見えてくること。」

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占い
ご相談文を読んでいると、易を立てる前から、何がいちばん苦しいのかが見えてくることがある。

何度も繰り返される言葉。
反対に、なぜか1度も触れられていないこと。
出来事そのものよりも、細かく説明されている相手の態度。

文章には、書いた人が意識していない気持ちまで、静かに滲み出ている。
「どうなるのでしょうか」と尋ねながら、本当はもう答えに気づいている方もいる。
けれど、その答えを認めてしまえば、何かを諦めたり、決断したりしなければならない。
だから、まだわからないことにして、占いに問いかける。

そんな時に易を立てると、ご本人が言葉にできずにいたことが、そのまま卦の中に現れることがある。
いつも、不思議だと思う。

易は、相談者を喜ばせようとはしない。
不安にさせようとすることもない。
ただ、今起きていることの形を、驚くほど淡々と映し出す。

進んで良い時もあれば、これ以上追わないほうが良い時もある。
もう少し待てる時もあれば、待つことに意味がなくなっている時もある。

私は、出た卦を無理に明るい言葉へ置き換えないようにしている。
厳しい卦の中に救いがあることもあれば、吉卦の中に見過ごせない危うさが潜んでいることもあるからだ。

鑑定をお届けしたあと、
「本当は、私もそう感じていました」
というお返事をいただくことがある。

人は、答えを知らないのではなく、すでに気づいている答えを、1人では受け止めきれない時があるのかもしれない。

易は、胸の奥に沈んでいたものを取り出して、しばらく言葉の上に置いてみせる。
それを眺めた時、ようやく自分の本当の気持ちが見えてくることがある。


言葉にならない思いまで、6本の爻から読み解く。
東洋哲学とスピリチュアルが交わる、占いの枠に収まらない易の世界を、どうぞ体験してみてください。


最後まで読んでくださりありがとうございました。
あなたの幸せを願って…
Aja☆彡
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