戦後直後の貸主と今の貸主など

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戦後直後の日本、徹底的に破壊され、居住する家、家らしきものが
極めて少ない状態になっていました。今のウクライナと同じです。
少ない物件に、居住希望者が多い場合、必然的に貸主側が有利になります。

80年前、このときの日本に有った物件は、非常に簡素でした。
設備は何もない、壁らしきものがある、程度です。
雨風を防ぐことも不十分な性能でした。
今であれば、ゴミより劣る内容です。
それでも、あるだけマシでした。

この時代から平成前半までは、高度経済成長により不動産価格は
上昇し続けました。そのため、賃貸でも賃料が高くなっていました。
しかも貸主側の条件が強く反映される状態でした。

平成前半くらいまでの貸主は、「貸してやっている」、借主を店子と
見下していました。これは今でも同じように考えている「馬鹿者」も
一定数います。

貸主が強い時代は、客付け業者は「周旋屋」と言われていました。
いまでも高齢者で全く勉強していない「馬齢を重ねた馬鹿者」は、
この表現を使うことがあるかもしれません。

しかし、時代は変わりました。
今は物件が異常なほど多いです。
多いのに供給され続けています。
当然、ボロから見限られます。
好条件の物件は利用されますが、寝ぼけたような条件の物件は見向きもされません。また、不勉強な貸主が非常に多いと感じます。

昭和4年ではなく、今は令和4年です。
元号は似ていますが、激しく状況は変わっています。
昭和63年頃までの経済成長はありません。
今は、経済「衰退」です。
なんとか現状維持しているレベルです。
実際は衰退以上に悪化しています。

物件が余り、空き家問題になっている時代です。
ただでもいいから、引き取ってくれ、という時代です。
それでも断られています。
この次元に突入しているのに、未だに状況を把握できない貸主が一定数います。

貸してやっている、貸主はえらい、と思い込んでいる者がいます。
馬鹿の極致です。
治療できる薬を開発すれば、ノーベル賞確定でしょう。

昭和と令和の違いは、法律と人の考え方、判断基準の変化にあります。
まず、法律は非常に多く変化してきました。
今の法律は、素人レベルでは無理と言えます。
業者でも、宅建がある程度では、話になりません。
しかも昭和の宅建レベルであれば、再試験をさせるべきです。
これは建築士も同様と思います。
再試験でも、現在の基準に至っていて「当然」なので、クリアするはずです。
クリアできないのは、偽物、モグリと言えます。

士業になった理由があります。
宅建士の場合、業界が主任者ではなく、士業を熱望したことが大きいです。
ですが、今の賃貸レベルでも把握しておかないといけない内容は、昭和とは大きく異なります。賃貸に特化した国家資格もできました。

それだけ、ややこしくなった、ということになります。
すると貸主は、今の内容を知っていないといけません。
習っていない、などと寝言を言えません。
馬鹿者は退場させられます。

昭和では貸主が強い立場でした。
令和では、専門家が主体です。
広範囲に知識と実例を把握する必要があります。
実務者のレベルが重要になります。

専門家であっても、学習は終わりません。
常に更新しないといけません。
さらに、得手不得手に関係なく、多くの分野を知る必要があります。
労力と費用が必要になります。

この意味を理解できない貸主、これが最近、いました。
相続で受け継いだ者です。
相続前の当初の依頼者は、良い人でした。
そのため、可能な限り対応してきました。
しかし、相続後は変わりました。

馬鹿者になりました。
今の貸主、しかも客付けが困難な物件で、偉そうに言いました。
それで決めました。
断りました。
13年間、管理業務をしてきましたが、ここからは自主管理です。
どうぞ、ご自由に。
この意味が分かる日がくるかどうか。

不勉強な者に、労力と費用を使って策を出すことはあり得ません。
生き残る貸主、相当に知的レベルが高いことが必須です。
愚か者、馬鹿者は後悔のみ残るでしょう。

今後、日本国内も激しく変化することが考えられます。
多くの貸主が困難な状況に陥ると私は思います。
学ぶかどうか、これが分岐です。
今後の淘汰されていく貸主を範として、生き残る貸主に対応していきたいと思います。


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