こんにちは、秋村です。
高次元と繋がりメッセージを降ろすことで
細やかなアドバイスのもと、
『望む人生の実現』のお手伝いしています。
今回の記事は下記の続きとなっています。
さて、自閉症の長男の話から発達グレーの長女の話ですね。
ちなみに高校生になった長男は最近バイトを始めました。
長男は男の子なので、当然男の社会の中で育ちました。
ですが発達に関しては長女の方がいいのに、人間関係で苦労しているのは圧倒的に彼女の方でした。
長女の場合、女の社会では致命的なほど「会話が苦手」です。
女子特有の裏を含んだ会話についていけないプラス、会話のテンポの速さについていけない。
彼女は息子の障害が判明する前に生まれた子です。息子の障害が分かってからは、試験が受けられるのと同時に彼女も発達の試験を受けています。
療育は、とにかく早ければ早いほどいいとされています。
最初のスタートを一日でも遅らせたくはありませんでした。
案の定、彼女も発語が遅かったのですが、息子と違い診断がつきません。
何度か専門に見てもらっても同じでした。結果はグレーゾーン。幸い、息子の療育先が娘を受け入れてくれ、息子とは別に療育を受けることができました。
娘は息子と違い、運動が苦手です。
ですが何事にも果敢に挑戦する子です。
慎重な長男と、とりあえずやってみる長女。
それは今後の人生に、とても大きな力となってくれました。
幼稚園は特に問題なく、小学校へ進学。
人間関係の問題が起こったのは、ここからでした。
お友達ができなかったんです。
仲の良い子はいました。ですがクラスが離れていて、遊べなかったようで……。
娘も療育と合わせて通級に通っていましたが、
小学四年まで一緒にいてくれるお友達はおりませんでした。
仲良く話せる子はいる。
だけど遊ぶまでじゃない。
相当辛かったでしょうに、娘は学校に行き続けました。
私は子どもたちに、「死ぬくらいなら学校なんて行かんでよか」と伝えています。
子どもが生きているだけでいいです。
将来のことは、また考えればいいです。
今起こっていない不安を、今考えても仕方がないからです。
人間は不安なことがあると、どうにかそれを回避する本能があります。
しかし、時にはこれに囚われすぎてしまい、まだ何も起こっていないのに、ずーっとその不安だけが頭にある方もいます。
私がそうでした。
分かっているけれど抜け出せない。
苦しいだけ。
だから、よく理解できます。
今は、どうすればいいのも知っています。
少し話がズレましたが、
そんな娘が学校に通い続けたのは、通級の先生が大好きだったからです。
学校での母親代わりでした。
その先生のお陰で、娘は折れずにいられました。
そして小学5.6年生で、ようやく親友と呼べるお友達と一緒のクラスになり、娘は大きく成長しました。
娘はHSPの私では遥かに想像もできないような、メンタルの強さがあります。とりあえずやってみる、に結び付くメンタルの強さです。
そして中学に上がる頃になると、娘は適度な距離感を覚えました。
一人でいても平気な子なので、その方が楽な場合は一人でいるそうです。
また、人懐っこく、明るく、誰に対しても気さくに話しかける子なので、深い仲にはなれなくても、ある程度の友人と呼べる子たちは格段に増えました。
あれだけ「友達ができない」という課題をずーっと持っていた子でしたが、
少しずつ、一歩ずつ、本人の頑張りで成長しています。
娘は優しすぎるところがあり、他人を優先する傾向が強いので、
なるべく「ママは〇〇が大好き。本当に大事。だから自分を一番に考えて。どんな〇〇でも大好きだよ」と、目をジッと見て伝えています。
子にとって母という存在は、良くも悪くも、影響が相当強いです。
うちの娘の場合は、これが有効でした。
その子によって違いますが、上のようなことを恥ずかしげもなく真剣に伝えることは、母娘関係で悩んでいる方にはある程度有益です。
なんて、偉そうなこと書いていますが、
私は毒親です。
娘にだって手を出しました。
頑固で、一番食って掛かって来た子だったので、どう接すれば正解なのか分からず、パニックだったからです。
分からなくて、一人で泣いて、病気になりました。なので私は、バセドウ病患者です。
今は寛解中ですが、当時は二人の子供のことで常に頭をフル回転させ、
小学校から時々放課後にかかってくる電話に怯え、今度は何があったんだと辛くなり、療育に通い、家でも発達にいいと言われたことをやり、仕事にも行っていました。
我ながら限界だったなぁ、と今では思います。
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