自己紹介~うつ病経験談②~

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こんにちは。
前回の記事を読んでくださった方々、ありがとうございました。
少し間が空いてしまいましたが、今回も引き続きうつ病経験談のお話をしていきます。

心療内科で「適応障害」と診断され、業務量を減らしてもらい睡眠薬を飲み続けましたが、眠れるようにはならず、仕事をこなせていないという罪悪感と焦りが募る日々でした。

そんな中、先輩は予定通り退職されました。先輩は最後までできるだけ多くのことを私に教えようとしてくださったし、他の先輩方や上司もこれからサポートするよと言ってくれて、感謝と同時になぜか申し訳ない気持ちがありました。そこから少し仕事には慣れましたが、それでもやってもやってもいつもタスクが溢れていて、「終わらない、どうしよう」という気持ちをずっと抱えていました。でも周りも忙しそうにしていて、なかなか自分からsosを出すことができませんでした。そのせいで仕事の効率は悪くなり、ますます負のループに陥っていく一方でした。周りの人たちはおとなしくて優しい人が多く、怒鳴られたりするようなことはなかったのですが、わたしはどことなく孤独感を感じていました。その原因の一つは、職場の雰囲気が暗くてシーンとしていたからかもしれません。電話や隣の人とのちょっとした話し声が部屋中に聞こえるような場だったので、常に張り詰めた空気で、それもストレスになっていたと思います。

そうして時は過ぎ、もうすぐ1年目が終わろうとしていた3月中旬のある月曜日。その前の土日もあまり眠れず、体がだるいまま朝駅に向かいました。ホームに電車が来て乗ろうとした時、それまでも多少感じていた動悸が急に早まりました。足が動かなくなり、電車に乗れませんでした。何本か電車を見逃したのち、結局出社することはできずにホームを出ました。一番話しやすい先輩に休むと連絡だけ入れて、実家だったのでなんとなく家にも帰りづらく、駅前のカフェで時間を潰しました。そのあと昼前に幼馴染の友だちに連絡を取り、独り暮らしの家にお邪魔して夕方まで過ごしました。友達には、「あまり重く考えすぎずに、会社も嫌ならやめればいいよ」と言ってもらいましたが、わたしの心の中は絶望感でいっぱいでした。そしていつもの帰宅時間に家に帰りました。その日は家族には何も言えませんでした。

次の日の朝、体が重くて動かず布団から出られませんでした。母が起こしに来ましたが「休む」と言い部屋に閉じこもりました。そこから頭の中が、「社会のレールから外れてしまった」絶望感と「これからどうやって生きていけばいいかわからない」とんでもない不安感でいっぱいになりました。そして、人間は働かなければ生きていけないけど、働くということがこんなにも辛いなら、もういっそ「死にたい」、「消えたい」という気持ちになりました。そして、ごはんを一切食べなくなりました。何かがプツンと切れたように、溢れてくる感情を止められなくて、泣きわめき、部屋の物を投げて暴れました。家族が止めようとしましたが、それに対してもものすごく反抗しました。「とにかく消えたい」「できない自分を受け入れられない」「こんなはずじゃなかった」と思い、このまま飲まず食わずで消えてなくなりたいと考えていました。

次回につづく


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