「感じすぎる子」は、わがままなのか。
ギフテッドの子どもを見ていると、周囲の大人が驚くほど感情が激しく動くことがあります。
嬉しいときは全身で喜ぶ。
納得できないことには強く反応する。
小さな言葉に深く傷つく。
興味を持ったことには、寝食を忘れるほど没頭する。
こうした姿は、ときに「感情的すぎる」「落ち着きがない」「扱いにくい」と見られてしまいます。
しかし、それは単なるわがままや未熟さではないかもしれません。
ギフテッドの子どもには、「過度激動」と呼ばれる特性が見られることがあります。これは、環境から受ける刺激に対して、非常に強く反応する感受性の高さのことです。ポーランドの精神科医カジミェシュ・ドンブロフスキによって提唱されました。
過度激動には、主に五つの種類があります。
身体を動かしたくなる「精神運動性過度激動」。
音、光、匂い、肌ざわりなどに敏感な「感覚性過度激動」。
空想やイメージが豊かに広がる「想像性過度激動」。
考えることを止められない「知性過度激動」。
感情が深く大きく揺れる「情動性過度激動」。
すべてを持っている必要はありません。ひとつだけ強く表れる子もいれば、複数が重なって表れる子もいます。
大切なのは、過度激動を「問題行動」としてだけ見ないことです。
たとえば、落ち着きのなさの裏には、強い好奇心やエネルギーがあるかもしれません。傷つきやすさの奥には、人の痛みを深く感じ取る力があるかもしれません。空想の多さは、豊かな想像力の表れかもしれません。
もちろん、本人は苦しんでいます。
感情が激しすぎて自分でも止められない。
音や人混みに疲れてしまう。
考えすぎて眠れない。
周囲と感覚が違いすぎて、「自分はおかしいのでは」と感じてしまう。
だからこそ、周囲の大人には理解が必要です。
「そんなことで泣かないの」ではなく、
「それほど強く感じているんだね」。
「落ち着きなさい」だけではなく、
「どうしたら少し楽になるかな」。
このような関わりが、子どもの安心につながります。
ギフテッドの過度激動は、否定すべき欠点ではありません。適切に扱えば、その子の知性、感性、創造性、社会性を育てていく大切な入口になります。
私は、ギフテッドの子どもたちの“激しさ”を、ただ抑え込むべきものだとは考えていません。大人が理解し、環境を整え、本人が自分の特性を知ることで、その激しさは苦しみではなく、生きる力へと変わっていく。そう信じています。