「子どもの時間」が、少しずつ動き出すとき

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コラム
ある保護者の方から、あたたかいメッセージをいただきました。
日々、お子さんのつらさを本当に理解できているのだろうか。
この子が将来、人や社会とつながって生きていけるような関わりができているのだろうか。
そんな不安の中で、毎日を過ごしているというお話でした。
その言葉を読んだとき、私は胸が詰まるような思いがしました。
不登校や学校への違和感を抱えるお子さんのそばにいる保護者の方は、いつも強いわけではありません。
「これでよかったのだろうか」
「今日の言葉は、あの子の心に届いただろうか」
「励ましたつもりが、かえって苦しくさせていないだろうか」
そんな問いを、何度も何度も自分に投げかけながら、日々を過ごしている方がたくさんいます。
外から見ると、ただ見守っているだけに見えるかもしれません。
でも実際には、保護者の方の心の中には、言葉にならない緊張や不安があります。
まるで、細い橋を一歩ずつ渡るように。
踏み出す言葉を選び、距離を測り、子どもの表情を見ながら、今日という一日をなんとか越えている。
それは、決して「何もしていない」のではありません。
むしろ、子どもの心を壊さないように、必死に向き合っている姿なのだと思います。
その保護者の方は、最後にこう伝えてくださいました。
お子さんの時間が、少しずつ、自分のペースで進み始めたら嬉しい、と。
私は、この「自分のペースで」という言葉が、とても大切だと感じました。
子どもは、大人の期待通りの速さでは変わりません。
すぐに学校へ行けるようになること。
急に明るくなること。
将来の目標をはっきり語ること。
そうした分かりやすい変化だけが、前進ではありません。
昨日より少しだけ話せた。
誰かの言葉に、静かにうなずけた。
明日の予定を、少しだけ楽しみにできた。
それも、確かな一歩です。
そしてその一歩は、子ども一人の力だけで生まれるものではありません。
そばで悩みながら、迷いながら、それでも見捨てずに関わり続ける保護者の存在があって、初めて生まれることがあります。
保護者の方が完璧である必要はありません。
正しい言葉を、毎回選べなくても大丈夫です。
いつも穏やかでいられなくても大丈夫です。
不安になったり、泣きたくなったりする日があっても大丈夫です。
大切なのは、子どもを変えようと急かすことではなく、
その子の時間が再び動き出すまで、そばで灯りを消さずにいることなのだと思います。
子どもの時間は、止まっているように見えても、心の奥で少しずつ動いていることがあります。
その小さな動きを、焦らず、比べず、見守っていく。
私も、その歩みにそっと伴走できる存在でありたいと思っています。
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