『職場で議論が始まったわけ』
私の職場では心理的安全性への注目が高まっています。「ミスを隠す事案がなくならないのは何故か?」というテーマに対して、「うちの職場には心理的安全性が欠けているのではないか。」との発言が社長から出たのです。これについて社長が言い始めたかのようになっていますが、私が2年ほど前から事あるごとに触れてきた経緯があります。それがようやく注目されてきたというところです。
まあ、この認識が定着するのであれば誰か言い出しっぺでも良いのです。むしろ社長から言い始めたのはチャンスです。こういうものは組織の上層部ら取り組まなければ必ず失敗します。社長自らが言い始めたのだから、少なくともトップの抵抗については強くなりにくいことが想像されます。これは追い風です。
ただ、心理的安全性は簡単なものではありません。「心理的安全性を目指すから言いたいことは何でも言ってね。」と指示して意見を出させても無意味です。組織のトップから言動を改めて、心理的安全性を下の人間がそれを信用しなければ成り立たないものです。
『目安箱ではダメなのか』
先月の幹部会議の中でも心理的安全性についての議論がありました。そこで、「みんなが自由に意見を言える雰囲気作りは大切です。目安箱を察知して意見を出しやすくしましょう。」という意見が出ました。さて、これはどうでしょうか?
もちろんその人に悪気はなかったのですが、私はこの意見には心理的安全性の観点からは反対です。目安箱はそもそも発言の自由が無い江戸時代、武士に物申せば下手したら切り捨て御免であった社会において、誰にも知られずに意見を投書できる仕組みとして作られたもの。つまり、目安箱は「直接は物を言えないのでこっそり投書します。」という行動をアシストするもの。そうであれば、目安箱を使う必要がある時点で心理的安全性が無い証拠であり、それに頼るということは心理的安全性の積極的な導入のブレーキになってしまう可能性があると考えます。
そして何より、目安箱的なものを設置している会社は珍しくありませんが、それで解決しているならとっくにみんなハッピーになっているはずです。やらないよりはやった方が良いです。しかし心理的安全性を考える上では、特に経営陣や管理職に対しては、そんなものに頼らずに意見を言ってもらえる環境づくりをすることを考えてもらわなければなりません。
(来週に続きます)