抽象化できる力は全部で生きる

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まとめることで整理できる

具体的な話題をまとめるのが好きです。抽象化ですね。いわゆるアイデアを散らかして出したら、それらをグループとかカテゴリにまとめるのがあるじゃないですか。そういうのですね。分かりやすくいえば。

抽象化するとそこから持ち運べるんですね。A1、A2、A3・・・ANみたいな感じでアイデアがあったとして、カテゴリAとして持ち運べる感じです。実際に細かいアイデアは忘れるはずですが、9個のアイデアは9個まるっとでなくで、3カテゴリとして1カテゴリ3アイデアなら覚えられるかなと。または覚えなくても認知しやすい。覚えやすいはずです。

こういう抽象化はそのまま使えば、抽象概念としてですね、思考やコンセプトレベルのアイデアをそのまま使えることになります。抽象→具体→抽象としなくても、抽象レベルでの操作ができる。これは意味がわかるとものすごく速いのですが、具体にしないと考えられないってやはり遅いんですね。

速いだけが価値ではないですよ。ただ、抽象レベルが高ければ、当然具体レベルも同時に引き上がる感じもします。抽象化レベルが高いなら具体化レベルも高い、逆にいえば具体化レベルが低いってこてゃ抽象化レベルも低いかもしれません。

全てに生きる抽象化

企画を考えるとかもそうですし、人に指示を出すとかもそうです、教育ですよね。言語化もそうですし、書いて保存するとか、記録するとかもそうですね。

何でも使えますから、これやっておいて磨いておいて損はないはずですが、まああまり注目されないところなんですよね。なぜか不思議ですけどね。

多分直感的に難しそうなのと、思考するなどの概念操作になるのであんまり楽しくなさそうとか、頭を使いそうだから無理みたいな感じかもしれないですね。それはもう向き不向きもあるからどうしようもないですけどね。

具体的の罠にはハマらない

具体的に分かりやすく病みたいなのが一時期あったかなと。今どうかしらないですけど。

実際には「分かりやすい」でなく「わかったつもりに陥る」ようになるだけなんですね。わかったと、わかったつもり。その違いはシンプルで、わかったなら説明ができるはずです。わかったことが言えると。その状態で「分かった」といえば、「説明してください」というと「こうです」と説明できます。

分かったつもりなら「分かった」といっても、分かってないので、説明してくださいというと「説明できない」はずです。

このとき、屁理屈として、「分かったけど言語化できない」というのがあります。これは確かにそれもあるんですよね。感覚で掴んでいて、説明はできないけど。例えばスポーツのプレイで説明できないけど、そうやって身体で動かせるというのはある。そのギャップはありますよね。でもここで説明というのは「言葉」で言わなくても表現できることなので、OKなんですよね。

つまり、ここでは「言葉で説明できる」ということを求められて、かつ言葉で説明しないといけない状況。そういうときを言っています。

具体的なのは分かりやすいからそれがいいと思う人がいるかもしれませんが、分かりやすさは単に「分かったつもり」だけになることも多い。ならば、分かりづらい(そもそも概念として理解するには順序、前提、背景、時間がかかることもある)こともあるってことです。

世の中分かりやすいことばかりではない。それが分かっている人は、分かりやすいだけを追い求めることはないわけですね。柔らかいものばかりだと、歯が衰えるみたいなことがあるんじゃないかって話です。

用法用量を守って楽しんでいきたいですね。

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