シゴトづくりネタです。
営業メールを添削するというサービスをココナラで出していますが、ふと思ったのは、「営業メール」ってなんか「認識」してもらうために使っていますが、これって売りつけられる感じないですか?ってことです。
正確には、相手先に提案するわけですから、「提案メール」となっていなきゃならないかなと。このあたり前ブログで書いたので、探してみると、ありました。
上の記事にもあるのですが、営業メールだけど内容に「提案内容」ってありますよね。ここ「営業内容」ではないんですよ。当たり前かもしれませんけどね。
というわけで、「提案メール」を送りましょうという話題を書いてみます。
営業をされたい人はいるかどうか?
多分いないんですよ。シンプルに売りつけられるから。
ただ、世の中には僕もですが「広告を見る」ことは抵抗がない人もいる。ポイ活とかでもいいですが、最近はWeb媒体見るのでも広告多くなっていますよね。
広告がノイズとなるのは、全然関係ないとか、良くわからないとか、不快なもののご案内です(笑)でないなら、別に「世の中そういうのがあるんだ」くらいで情報として受け取る人もいるよね、という体(てい)のことですね。
ですので、営業ではなく、その人に有用なものと思われる、または有用であるならそれは「営業」というよりも、「有益な情報」があったとなると。当然詐欺とか反社会とか、うまーな話ではないですよ(笑)というところを踏まえていくと。
ここで一個だけ留意ですが、営業メールだといって色々無差別(笑)に散らしても多分効果はないので辞めたほうがいいです。そして、それが本質的にメルマガでも、SNSでも、Google広告でもですが、そういうことをやっている人でかつ継続的に結果を出せるってまずないかなと。単に広告単価が見合わないか、別の目的があるとか、分からないというのもあります。
無差別にやられて、売りつけられて、要らんですわ、となってそれに対して良い印象は抱きようがないですからね。むしろ嫌悪されることもある。いわゆるブロック状態ってことですよね。
なので、提案しましょうと。
提案とは一体何か?
提案は先の言葉を繰り返すならば、
・相手が興味を引く内容となっている
・相手に対して読む価値が何かしらある(1mmでもある)
・相手に対して言葉遣いが丁寧である(乱暴ではない)
要するに相手が「何かいいな」と思ってもらえることが提案です。
営業でも本質は「相手に対して考えて営業する」だから、自社の押し売りなんてレベルが低いことはやらないはずです。営業で結果を出す人はってことです。そして継続してやり続けるならってことですね。
よって、最終的には営業も提案も営業≒提案となるので、営業メール≒提案メールになっていくし、そうなっていないなら、何か違うんじゃないか?ってことです。
提案で気をつけたいのは、相手を知らない場合です。
当然、ふわっとしたことになるのですが、そこで想定課題くらいは入れないと、真剣に考えているかを疑われるのでそれはいれたいかなと。
ただ、関係性がない中でここをいじってもしょうがないのも事実なので、提案先が企業ならまず企業を知ることでもっとできることはありそうです。少なくとも「適当」(なおざりな、粗い)なメールは送らないと思いませんか?不躾みたいなものもですよね。(ちなみに僕が全て丁寧にやっているかはここは一旦おいておいてください(笑))
知っていればある程度抑えられるのでそこはしっかり抑えたいところかなと。
提案があるかないかは、その営業メールなりを見れば一目瞭然です。
とくに、提案がないケースでは、「なんでこっちで使えるかどうかを検討しなきゃいけないの、何を言いたいの?」って送り先側に考えさせるのは、まあ良くないですよね。それは改善したほうが良い気がします。
それっぽく論理的に言っているけど、「それ、結局何?」「で?」というやつですね。こういうツッコミをしろってことでなく、そう思われるなら、その論拠があるならば治したいってことですね。
世の中は多分、提案でできている
要するに、「売りつけられたい」人や企業がいるので「売りつけましょう」という営業はレベルが低いってことです。レベルが低いのだけど、営業をしらないとそうやってしまいがちなんだろうなと最近は思っています。あ、偉そうにいってますが、僕が営業できるぜーって感じでもないので、そこはよしなに。僕でも言えることがあるくらいの着地です。
そうでなくて、世の中は、
・広告とか、メールとかおいておいて、役立つものなら取り入れたい人や企業がいる
・自己、自社について考えて提案してくれる(その先を考えてくれる)人は貴重だし、話を聴いてみたい
・有益とか使える点があれば情報だけならありだと思う
みたいな優しい世界というと大げさですがそれもあるんじゃないかなと。別に殺伐として、打算!損得!お金!で血眼になっている世界ではないんですよ、って思っているだけなので、実際は知らないですよ(笑)
前者がやや描き方がひどいですが、そういうところで反応する人はレベルが低いというと怒られますがその通りとなる。まさに自分の映し鏡というか。笑えないですよね。と書いていて自分も人ごとではないなと思ってますよ!
そして、後者のような企業や人がいるかは、体感としてはいます。そして、仕事内容もそうですが、なんとなくですが、余裕がある(お金は一つの要因ですが、健康とか、精神とか、物事への興味とか、他者への関心、社会とのつながりみたいな、そういう関係性の資本のほうが大きい気がします)という感じなんですよね。だから、それを考えられる。それとは、関わり方とか、営業メール一つとってもどう関わりたいかというようなことが出てくるというか。
そこで結果を出せばなんでもいいなら、犯罪とかしかねないとかってかなり倫理的にやばいですし近づきたくないわけですよ。でも、その倫理ってどこかに指標やレベルがあるわけではない。だからこそ、見極めなきゃならない。という時に、提案ができるってそういうのをある程度クリアしているんじゃないかっていう試金石みたいなものかなと。僕がそう考えているだけですけどね。
なんて明らかに役立たないなら何も言わないですが、やれることがあるなら、身を粉にしてとかは無理ですが、少しでも役立っていきたいなと。そういうことを感じたという話です。
今回は営業メールといっていますが、これはありとあらゆるコミュニケーションにもいえます。挨拶でもそうで。ギフトとかプレゼントとか、そういうものがあるか。例えば「おはようございます」でも、「相手を気遣う」だけでも嬉しいわけですよ。気遣われて鬱陶しいという反抗期の子どももいるかもですが(笑)、多くの人は「ありがとう」っていう感じになりやすい。これも提案じゃないかってことですね。
何かシゴトづくりのヒントになれば幸いです。