自分が理解できなくても、ビジネスはできる

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ビジネス・マーケティング
念のため言っておくと、「理解」できないは、その体験がなかったり経験がないという意味合いです。それでもなお、想像し自分に惹き付ければビジネスはできるんじゃないかという話です。

スカイランタンイベントに誰が参加する?

スカイランタンイベントって知っていますか?たまたま知ったので調べてみると以外に数年前からやっていたんですね。僕は知らなかったです(笑)

それはいいとして、僕は「参加する」ことはないなと思ったんですが、一方で目の前に身近で「参加している」人がいたのが不思議でしょうがないなと。

ここで大事にしたいのは「自分がどう思うか」ということですね。人がどうとかでなく、まず自分がどうか。

僕は理解できなかったのですが、少し情報を入れて考えてみました。

幻想的な風景、一体感、平和感

これってぱっと思い出すのは、お盆の川流しというか。灯籠とか、暖かいものですよね。そういうことって想像できるわけですよ。

そして好評の理由は小見出しにあるような、幻想的な風景とか、あまり見られないですからね。あとそこに参加していること。皆で共同作業(多くは数十人規模以上なのでランタンは結構な数になる)、それをただ眺める、なんか願いを書く感じですしね。そういうところが特徴っぽいのと、価値を感じている人がいると。

よって、
・スカイランタン→分からん
であっても、
・死者を弔うとか、願いに思いを馳せる→分かる
みたいに、変換すればいいってことです。

このあたり伝わりますかね?

ビジネス視点でいえば、表層的な理解はむしろ邪魔となると思う

ここで本質的なのはどちらかというと、
A)スカイランタン→体験しているので分かる
B)スカイランタン知らないけど→想像して分かる
という時、別にAのように体験してないと分からないわけではないんですよね。Bという理解が出来るというわけです。

よって、ここで、Aでないとそのスカイランタンでも表層的な取り扱う事柄ですよね、やっちゃだめって感じる人、考える人がいるかもしれないなと。でもそれはどちらでも良いと思って、興味があればやればいいというか、参加すればいいというか。

実際には解像度や粒度としては、参加したほうが「ほぼ」いいのですが、それも強制ではないと。

僕はやらないですが、仮にスカイランタンイベントを企画する時は「参加」するのでしょうが、参加せずとも理解しようとすると出来なくはないわけです。ただ、そこで不安になるので解像度を上げるためには色々と想像して考えることは必須だなと。

そしてここで提起したいのは、体験しているから分かるというのはむしろ表層ではないかと。体験しているそのものだけではないですからね。むしろ、なんか良かったというところを言語化できるのは、「参加してなかった」人かもしれない。これって言語化もですが、他に体験していることとか、総じて経験や想像が問われるなという意味です。

最もこれは「絶対」、参加した側が解像度が低いとか、浅い理解であるという意味ではないです。わかった気になっていないかという自戒を込めたツッコミというわけです。

変に中途半端に「分かったつもり」ならば、参加せずにでも想像して「わかろうとする」方が理解が深くなるのではという、結構皮肉な話でもあると。

総じて他の人や考えを分からないでも「わかろうとする」のが大事

まとめると、スカイランタンなんて!?分からないと思えばそれまでなんですよ。でも、なんか気になると。なんでこれが支持されるというか、参加したい人がいるのかと。そこですよね。僕は分からないけど、人がどう感じるか考えるかはものすごく興味があるんです。

そこで納得できるかはおいておいて、他人が何に興味を持つか、その視点を見ておくのはこれは「必ず」ですが役に立ちます。自分が興味がないもののほうがむしろ客観的に「主観性」を想像できる。面白い表現だと思いませんか?(笑)

というわけで、ビジネスにできるとは、そういうターゲットですね、お客さん自体を理解できなくても売れるってわけです。でなければ、多くのビジネス=自分は食べない飲まないけど売れる、ということにならないというわけです。実際に当然理解として一瞬食べる、飲む、体験するは「ある」のだと思いますが、それを継続しているかは別かなと。そこがどこまで切り離せるかは、僕も曖昧ではありますが、ただ確実にそれはいえるんじゃないかと。そう考えています。

何かヒントになれば幸いです。
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