― 視床下部からの再起動。10年かけて辿り着いた「身体には回復する力がある」という確信
岡村拓也(鍼灸師・あん摩マッサージ指圧師/整体からだケア)
はじめに
人生に、意味はない。
ずいぶん乱暴な書き出しに見えるかもしれません。でも、僕は本気でそう思っています。
人は意味があって生まれてくるわけではない。ただ生まれてきて、ただ生きて、いずれ死んでいく。そこにあらかじめ用意された意味なんて、どこにもない。
ただ、ひとつだけ確かなことがあります。
意味は、自分でつけていける。
自分の人生に、自分の手で色を塗っていける。脳腫瘍を2度患って、何度か死を覚悟した僕が、10年以上かけて辿り着いた、いちばんシンプルな結論です。
そしてもうひとつ、僕が身体を通じて確信していることがあります。
身体は、いつも治る方向に向いている。
人間の中には、「生きようとする力」が、どんな状況でも、どんな状態でも、常に流れ続けている。それは何よりも強くて、何よりも静かで、何よりも諦めない力です。
これから書くのは、その力の話です。
こんにちは。整体からだケアの岡村拓也です。
今日は、僕自身の身体に起きてきたことを書きます。少し長くなります。でも最後まで読んでもらえたら、きっとあなたの中に「身体って、思っているよりずっと強いんだな」という感覚が残るはずです。
僕は20代の頃、脳腫瘍を2度患いました。頭蓋咽頭腫(ずがいいんとうしゅ)という、脳の真ん中、視床下部と下垂体のあいだに発生する稀な腫瘍です。2度の開頭手術と、サイバーナイフという放射線治療を受けました。
術後の僕は、ステロイドと、バゾプレシン(抗利尿ホルモンの補充薬)を一生飲み続ける必要がある、と言われていました。視床下部と下垂体は、生きていくのに必要なホルモンを作る場所。そこが手術で傷ついた以上、薬で補い続けるのが医学の常識です。
でも今、僕の身体にはステロイドもバゾプレシンも入っていません。10年以上、薬なしで生きています。
これは、その10年の話です。
医師の指示に逆らうことを勧めたい記事ではありません。むしろ、当時の自分にアドバイスできるなら「絶対に勝手に止めるな」と言います。本当に運がよかった。それは間違いない。
でも、運だけではなかった。あの時期、僕の身体の中で確かに何かが「再駆動」していった感覚がある。それを、今の僕は神経科学と東洋医学の両方の言葉で説明できるようになりました。
そしてもうひとつ。あの時期に僕の中で起きたことは、身体の話だけではありませんでした。「自分は何のために生きているのか」「健康って何だろう」という、人生そのものへの問いと向き合った時間でもありました。
同じように、医学的に「治らない」「一生薬」と言われている誰かに。
そして、自分の人生に意味を見いだせずにいる誰かに。
そんな方に届くといいなと思って書いています。
第1章 視野が欠け、鼻血が止まらなかった日
20代前半。僕は左目の視野が欠けていることに気づきました。本を読んでいても、左の文字が消えている。鼻血が止まらない日々が続いて、頭痛もありました。
病院で告げられた診断は、頭蓋咽頭腫。
脳の中心、視床下部と下垂体のあいだに発生する稀な腫瘍。組織学的には良性ですが、できる場所が悪い。視野を司る視交叉のすぐそばで、ホルモン中枢のど真ん中。
開頭手術が決まりました。生まれて初めての全身麻酔。
術後、麻酔の量が多すぎて意識がなかなか戻らず、ようやく目覚めたあと、僕の身体には想像もしていなかったことが次々と起きていきました。
第2章 入院中20日で20キロ、そして死にかけた話
ステロイドが処方されました。手術で副腎皮質刺激ホルモンの分泌が落ちる可能性があるための補充です。
すると、20日で体重が20キロ増えました。
1日1キロのペースです。脂肪では物理的に不可能な増え方で、身体は水を溜め込み、顔は別人のように腫れていました。鏡に映る自分が、自分とは思えなかった。
それだけではありませんでした。
術後しばらくして、尿が止まらなくなりました。飲んでも飲んでも追いつかないほど出続ける。喉が砂漠のように渇いて、ペットボトルを抱えるように暮らしていました。
「だるい」「頭が痛い」「気持ち悪い」
医師に伝えても、術後の経過としてよくある症状と判断され、原因が特定されるまで時間がかかりました。やがて意識が朦朧としていきました。
正体は、低ナトリウム血症でした。
血液中のナトリウム濃度が下がりすぎて、脳が腫れていく病態。発見が遅れていたら、命に関わる状態でした。
これが、僕が初めて自分の身体で経験した「死にそう」の感覚です。
そしてここで処方されたのが、バゾプレシン(抗利尿ホルモン)の補充薬でした。視床下部の損傷で、自分でADHを作れなくなっていたんです。
20代の自分は、退院する頃にはこう思っていました。
「自分の身体は、薬でしか動かない身体になってしまった」
でも、面白いことに、その意識朦朧の中でも、僕の身体は止まりませんでした。心臓は動き続けた。呼吸は続いた。意識を失っても、身体は勝手に生きようとしていた。
今になって思うんです。あれは、僕が「生きよう」としていたのではなかった。僕の身体が、僕の意思とは無関係に、ただ生きようとしていた。
人間の中には、自分でも気づかないところで動き続けている、巨大な「生きようとする力」がある。あの時、僕は確かにその力に、生かされていたのだと思います。
第3章 オーストラリアで再発を悟った24歳
1回目の手術を終えて、僕は思いました。
「もう自由に生きたい」と。
24歳。フィリピンに語学留学し、オーストラリアにワーホリで渡り、バナナファームで働きました。
熱帯の太陽の下、肉体労働。汗を流し、声を出して働く。病気のことを忘れていられた10ヶ月でした。
でも、夏休みで一時帰国した僕の身体に、あの感覚が戻ってきました。
視野が、欠けている。
鼻血が、止まらない。
「再発してる」
直感でわかりました。近所の病院でMRIを撮り、結果を聞く前に、僕はパニックを起こして意識を失いました。
救急車で担当医のもとへ運ばれて告げられたのは、水頭症 ― 髄液が脳に溜まり続ける状態。放っておけば、死ぬ病態でした。
もし日本に帰っていなかったら。
もしあのMRIを撮らなかったら。
オーストラリアで、僕は死んでいたかもしれません。
第4章 病室で見つけた使命
2回目の手術を控えた病室で、不思議なことが起きました。
死を間近に感じたはずの僕の中に、それまで一度もなかった感覚が生まれたんです。
「健康って、何だろう」
「身体が自分で治る力って、本当にあるんじゃないか」
「鍼灸とかマッサージって、それを引き出す仕事じゃないか」
それまで「特にやりたいことがない」と思っていた僕が、病室のベッドの上で、初めて使命感を持ちました。
これがやりたいことだ、と。
そして、もうひとつ気づいたことがありました。
それまで僕は、自分の人生に意味なんてない、と思っていました。今でもそれは変わりません。人生そのものには、意味なんてないと思います。生まれてきたことに、あらかじめ用意された答えなんてない。
でも、病室のベッドで気づいたんです。
意味は、自分でつけていけるんだ、と。
「これから僕は、自分の身体で経験したことを、誰かのために使う仕事をする」
そう決めた瞬間に、それまで空白だった自分の人生に、初めて色が差した気がしました。意味のなかった病気が、意味を持ち始めた。意味のなかった20代が、意味を持ち始めた。
外側から与えられたものではなく、僕自身の手で、僕の人生に意味を塗り始めた瞬間でした。
2回目の開頭手術を受け、サイバーナイフという放射線治療を7日間。
退院後は、ステロイドとバゾプレシン、その他いくつもの薬を処方されました。一生飲み続ける前提で。
僕は退院後、その薬を、自分の判断で止めることになります。
第5章 「もう自分の身体に薬を入れたくない」と思った日
ここから先は、医学的には絶対に推奨できない選択の話です。
退院から1ヶ月ほど経った頃、僕は処方された薬の中で、まずステロイドを止めました。続けて、バゾプレシンも減らしていきました。
これは、医学的にやってはいけないことです。
ステロイドの自己中断は、副腎クリーゼという致死的な状態を起こしうる選択。バゾプレシンを止めれば、尿崩症が悪化して、脱水で意識を失うかもしれない。
今でも、当時の自分にアドバイスできるなら「絶対に止めるな」と言います。
でも、あの時の僕には、どうしても拭えない違和感があったんです。
20日で20キロ太った経験。電解質異常で死にかけた経験。顔が別人のように腫れた記憶。
「もう、自分の身体に薬を入れたくない」
死を覚悟してでも、自分の身体への信頼を取り戻したい。それしかなかった。
家族には心配されたと思います。担当医にも、あとで本当に申し訳ないと思いました。
でも、幸い、副腎クリーゼは起きませんでした。これは本当に、運の要素が大きかったと思います。
そしてここから、僕の「自分の身体を取り戻す旅」が始まりました。
第6章 素人なりに、必死だった日々
薬を止めた僕は、ただの患者でした。
鍼灸の知識もない。解剖学も生理学も知らない。ただの20代の男です。
でも、薬を飲み続ける生活への違和感が、どうしても拭えなかった。
「何か、自分でできることがあるはずだ」
そう思って、僕は色々なことを試し始めました。
書店で本を読み、ネットで情報を探し、身体に関係しそうなことを片っ端から試しました。
東洋医学の本を読んで、視床下部に関係するとされるツボや、足の親指のツボに、自分で鍼を買ってきて打ってみたこともありました。
「井穴刺絡(せいけつしらく)」という、指先から血を抜く東洋医学の方法を見つけて、糖尿病の人が血糖測定に使う器具で、自分の指先から血を抜いてみたりもしました。
今思えば無茶な話です。素人が独学で、自分の身体を実験台に。家族には心配されたと思います。
でも、当時の僕には、「自分の身体を諦めたくない」という気持ちしかなかった。
色々試した中で、ピンとくるものもあれば、全く変わらないものもありました。
そんな試行錯誤を続けていた頃に、あの日、テレビで見た光景に出会いました。
第7章 テレビで見た滝行と、極寒冷水シャワーの始まり
何気なくつけたテレビで、お笑い芸人のユンボダンプさんが、2泊3日の断食と滝行に挑戦する企画をやっていました。
冷たい滝に打たれる芸人さんの姿。
その後の血液検査で、いくつもの数値が驚くほど改善していました。
僕はその画面を見ながら、電気が走ったような感覚になりました。
「これだ」
なぜか直感したんです。
滝行の正体は、極寒の冷水を浴びる行為。それが身体に何かを起こしている。ならば、シャワーでも同じことができるはずだ。
その日から、僕は真冬の極寒冷水シャワーを始めました。
最初の数秒は、本当にきつい。心臓が縮む感覚。呼吸が止まる。声が出る。
でも、浴びたあとの身体が、なんとも言えないくらい「目覚めた」感じになる。これは続けてみよう、と思いました。
最初は他の試行錯誤と同じく、「効くかどうかわからないけど、やってみる」というスタンスでした。
でも続けているうちに、不思議なことが起きました。
夜、トイレに起きる回数が減ったんです。
喉の渇きが、少しずつ落ち着いてきたんです。
「気のせいかもしれない」
最初はそう思っていました。
でも数ヶ月続けていくうちに、明らかに尿の量が減って、水分摂取量も普通の人と変わらないレベルになっていきました。
身体が、軽くなっていく感覚がありました。
成長ホルモン不足によるだるさ・気力の低下も、気がつけば薄れていました。
色々試してきた中で、明らかに効果を実感できたのは、極寒冷水シャワーでした。
第8章 1年後の検診 ―「先生、僕、薬飲んでないんです」
退院から1年。定期検診の日がやってきました。
血液検査の結果を見た担当医が、カルテに目を落としながら言いました。
「特に異常はないですね」
僕は少し緊張しながら、こう伝えました。
「先生、僕、薬飲んでないんです」
担当医は、しばらくカルテを見つめてから、僕の顔を見て言いました。
「えっ。大丈夫だね!」
その時の医師の表情を、今でも覚えています。
驚き、戸惑い、そしてどこか感心したような顔。普通であればまずあり得ない経過を、血液データが裏付けてしまったことへの、医師としての正直な反応だったのだと思います。
ADH(バゾプレシン)も、GH(成長ホルモン)も、コルチゾール軸も。
全部、正常範囲に収まっていました。
薬は、もう必要ない身体になっていました。
それからも、半年に1回の定期検診は続けました。5年間、ずっと数値は安定していました。
再発もなく、ホルモン値も正常範囲を維持。何度受けても、医師の言葉は「異常なし」でした。
5年が経った頃、僕は通院をやめる決断をしました。担当医にも感謝を伝えて、自分の身体への責任を、自分で持つ生き方に切り替えました。
医療から完全に離れたわけではありません。何かあれば、いつでも医療を頼る前提です。
でも、自分の身体は、日々の自分の選択で作られている。そう信じて生きていたかった。
第9章 神経可塑性 ― あの時、身体の中で起きていたこと
施術家になってから、神経学を学び、内分泌学を学び、自分が当時やっていたことの意味が、少しずつ理解できるようになっていきました。
ここから先は、当時の自分には言葉で説明できなかったけれど、今の僕が「あの時、身体の中で起きていたこと」として理解している話です。
神経可塑性という言葉
現代神経科学の中心概念のひとつに、「神経可塑性(Neuroplasticity)」という言葉があります。
脳と神経系は、損傷を受けても、適切な入力を続けることで、回復・代償・再編成する力を持っている。
かつて「脳細胞は再生しない」と教科書に書かれていた時代がありました。
しかし今では、
適切な刺激で、残っている細胞の機能が回復する
別の経路が機能を肩代わりする
新しい神経結合が形成される
大人の脳でも神経新生が起きる部位がある
ということが、次々に明らかになっています。
僕の尿崩症と成長ホルモン分泌不全が回復したのは、まさにこの神経可塑性の一例だったと考えています。
腫瘍と手術と放射線で傷ついた視床下部と下垂体には、それでも完全には死にきっていない細胞が残っていた。そこに、毎日の冷水刺激と、自分の身体への意識的な関わりが、繰り返し信号を送り続けた。
その「繰り返された入力」が、残存している細胞たちを少しずつ目覚めさせ、ホルモン分泌の回路を再駆動させた。
これが、僕の身体に起きていたことなのだと思います。
そしてここに、ひとつの大きな真実があります。
身体は、いつも治る方向に向いている。
これは、僕の身体だけの話ではありません。すべての生命に共通する原則です。傷ができれば塞がろうとする。骨が折れれば繋がろうとする。風邪をひけば発熱して病原体を排除しようとする。
身体は、何もしなくても、ただ放っておくだけで、常に治る方向に動いている。
だから、僕がやったことは「治した」のではないんです。身体がもともと持っている、治る方向の流れを、邪魔せずに、後押ししただけ。
冷水シャワーも、ツボへの鍼も、井穴刺絡も。すべて、身体に「お前は治る方向に動いていいんだよ」「ちゃんと信号を送ってくれていいんだよ」と伝える行為でした。
身体は、ずっと治りたがっていた。僕はただ、それを聞いていただけ。
寒冷曝露と視床下部
冷水シャワーが視床下部に効くというのは、最近の神経科学では普通に語られていることです。
冷たい水を浴びると、皮膚の冷受容器が一斉に発火します。その信号は脊髄を通って、最終的に視床下部に届きます。視床下部は、
体温を上げるために交感神経を一気に立ち上げる
副腎にコルチゾール分泌を促す
甲状腺ホルモン軸に「代謝を上げろ」という指令を出す
ノルアドレナリンとドーパミンの分泌を増やす
冷水曝露は、視床下部にとって、最強の「ちゃんと働け」という入力なんです。
そして、何度も浴びることで、視床下部下垂体軸の感度そのものが上がっていきます。
僕がやっていたのは、結果的に、視床下部のリハビリだったのだと思います。
自分の身体を信じるということ
もうひとつ、当時の僕が無意識にやっていたことがあります。
それは「自分の身体に向き合う時間を、毎日持つ」ということでした。
冷水シャワーは、たった数分の習慣です。でもその数分は、自分の身体の感覚に集中する時間でした。
冷たさをどう感じるか。呼吸はどうなっているか。今日は心臓の反応がどうか。
毎日、自分の身体に「今、どう?」と聞き続けた。
これは、神経科学の言葉で言うと「内受容感覚(interoception)」を育てる行為です。自分の内側で起きていることを感じ取る感覚。これが育つと、自律神経の柔軟性が高まることがわかっています。
身体は、向き合った人にだけ、答えを返してくれる。
これは精神論ではなく、神経科学的に裏付けのある事実です。
第10章 自律神経の「柔軟性」という指標
施術家として学びを深めていく中で、僕は「自律神経の柔軟性」という概念に出会いました。
自律神経は、よく「強い・弱い」で語られます。「自律神経が弱い人」「自律神経失調症」といった言葉は、誰もが聞いたことがあると思います。
でも、現代の自律神経科学では、中心的な指標は「強さ」ではなく「柔軟性」だとされています。
健康な自律神経は、
必要な時に素早く交感神経に振れる
用が済んだら素早く副交感神経に戻る
この振れ幅と切り替えの速さが大きい
不調な自律神経は、
交感に入りっぱなしで戻れない(過緊張型)
副交感に偏って活性が上がらない(疲弊型)
振れ幅が小さく、平坦化している(硬直型)
これを数値化した指標が「HRV(心拍変動)」です。
心拍は、実は一拍一拍微妙に揺らいでいて、この揺らぎが大きいほど、自律神経が柔軟に働いていることを示します。
冷水シャワーを続けるということは、毎日自分の自律神経に「ぐっと交感に振れて、また副交感に戻る」というジェットコースターを通すことです。これを繰り返すうちに、自律神経の振れ幅が、確実に大きくなっていきます。
僕の身体が「元気を取り戻していった」感覚の正体は、この自律神経の柔軟性が育っていったことだったのだと思います。
第11章 ポリヴェーガル理論 ―「触れる」という癒し
施術家としての学びを深めていく中で、ポリヴェーガル理論にも出会いました。
これは、神経科学者ステファン・ポージェスが提唱した、迷走神経を中心とする自律神経の新しい理論です。
従来の「交感神経 vs 副交感神経」という2分法ではなく、
腹側迷走神経(社会的関与・つながり)
交感神経(闘争・逃走)
背側迷走神経(凍りつき・シャットダウン)
という3つのモードで自律神経を捉えます。
慢性的な不調の多くは、この3つのモードの切り替えが固着した状態として理解できます。
そして整体・鍼灸・マッサージという徒手介入は、腹側迷走神経を活性化する有力な手段でもあります。
「触れる」「ゆっくり呼吸する」「安心できる関係」という基本的な要素が、自律神経の柔軟性を取り戻す入り口になる。
この理論を学んだ時、施術家としての僕の核が、言葉として明確になりました。
僕が患者さんに丁寧に触れる時、起きていることは、ただ「筋肉をゆるめる」ことではない。
その人の腹側迷走神経に、「ここは安全だよ」「ゆっくりしていいよ」というメッセージを送っていることなんです。
そしてそれは、僕自身が冷水シャワーと自分の身体への関わりを通じてやっていたことの、外側からのバージョンでもあります。
第12章 患者さんの身体に向き合う日々
退院して10年以上が経ちました。整体院を開業して5年立ちました。
整体院に来てくれる方の中には、医学的に「治らない」とされる病気を抱えている方もいます。
「もう何をしても無駄」
「一生付き合っていくしかない」
そう言われてきた方もいます。
僕はそういう方に、こう伝えるようにしています。
「身体には、可塑性があります。神経系は、適切な入力で変わります。完全には戻らなくても、今より良くなる可能性は、ほとんどの場合、残されています」
これは、希望的観測ではありません。
僕自身の身体が、2つのホルモン軸の自然回復という形で証明してきた事実です。
そして、施術家として日々患者さんに向き合う中で、もうひとつ確信するようになったことがあります。
人間の中にある「生きようとする力」は、何よりも強い。
90歳のおばあちゃんでも、長年の不調を抱えてきた方でも、何度も再発を繰り返してきた方でも。身体に丁寧に触れていると、その奥に、必ず「生きようとする力」が流れているのを感じます。
それは、その人の意識が諦めていても、流れ続けています。
その人の頭が「もう無理だ」と言っていても、流れ続けています。
意思や根性とは別の、もっと深いところで、ただ静かに、ただ確実に、生命を続けようとしている流れ。
施術家の仕事は、その流れに、外側から「あなたはまだ流れていいんだよ」と声をかけることなのだと、今は思っています。
そして患者さんが、自分の中にその力を感じ取れるようになった時、本当の回復が始まります。
長年の腰痛が、3回の施術で軽くなった方。
更年期の自律神経の乱れが、半年かけて整っていった方。
原因不明のだるさが、生活習慣の見直しと一緒に消えていった方。
身体は、向き合った人にだけ、答えを返してくれる。
これが、僕が施術家として日々患者さんに向き合う時の、背骨にある信念です。
第13章 同じように苦しむあなたへ ― 7つのセルフケア
最後に、僕自身が日々実践してきた、そして患者さんにもお伝えしているセルフケアを、7つ厳選してご紹介します。
すべて、
特別な道具がいらない
お金がかからない
1日数分でできる
神経系・自律神経・ホルモンに生理学的に効く理由がある
ものを選びました。
僕のように特殊な病歴を持つ方でなくても、慢性的な不調や、原因不明のだるさ、眠れない、気力が出ない、そういう悩みを抱えるすべての方に役立てていただける内容です。
① 朝の冷水洗顔
冷水シャワーが僕の身体を変えた話を書いてきましたが、全身の冷水曝露は人によってはハードルが高い。でも、冷水洗顔なら、誰でも、今日から始められます。
冷水を顔にかけると、「潜水反射(diving reflex)」という原始的な反射が起きます。哺乳類が水中に潜ったときに心拍を落として酸素を節約する反射で、人間の身体にも備わっています。潜水反射が起きると、迷走神経が一気に活性化します。
やり方:朝、冷水を溜めて顔を10〜20秒つける。または冷水で何度も顔を洗う。これだけです。
② 6秒呼吸(共鳴呼吸)
呼吸は、意識的に介入できる唯一の自律神経への入り口です。
6秒吸って、6秒吐く。これを5分続ける。
1分間に5〜6回の呼吸は、HRV(心拍変動)を最も大きくする呼吸数として知られていて、迷走神経の活動が最も活性化します。寝る前にやると、睡眠の質も明らかに変わります。
③ 朝日を浴びる
朝起きてから1時間以内に、窓を開けて、または外に出て、朝日を浴びる。
朝の太陽光が目から入ると、視床下部の「視交叉上核」という体内時計の中枢に信号が届きます。これが体内時計のリセット、コルチゾールの正しい分泌、夜のメラトニンの準備、自律神経の日内リズムの整備を一気に行ってくれます。
5〜15分でOK。曇りでも効果あり(屋外の光は屋内の数倍)。
④ 後頭下のセルフリリース
首の付け根、後頭部の下のあたりをゆるめるケア。ここには「後頭下筋群」という小さな筋肉群があり、すぐ近くを迷走神経が通っています。ここが硬くなると、副交感神経の働きが落ちます。
やり方:テニスボールを2つ、靴下に並べて入れて結ぶ。仰向けに寝て、首の付け根の窪みに当てる。3〜5分そのまま脱力。寝る前にやると睡眠が深くなります。
⑤ ハミングと「うー」の発声
口を閉じて「んー」と音を出す。喉と鼻の奥に振動を感じる。1回10〜20秒、5回繰り返す。
迷走神経は咽頭・喉頭・顔面・耳の奥にも分布しています。ハミングや発声で起きる振動が、これらの部位の迷走神経終末を直接刺激し、副交感神経の活動を高めます。
歌うのが好きな方は、カラオケや家での歌唱もこの効果があります。
⑥ 鼻うがい
鼻腔・副鼻腔は、脳と自律神経への重要な入力経路です。ここが慢性的に炎症を起こしていると、睡眠の質が落ち、口呼吸になり、自律神経が乱れます。
市販の鼻うがいキット(ハナノアやサイナスリンス等)で、人肌の生理食塩水を使って洗い流す。慢性鼻炎・後鼻漏・花粉症の方には特におすすめです。
⑦ 「触れる」習慣
最後に、最もシンプルで、最も力強いセルフケアを書きます。
それは「触れる」ことです。
手を胸に当てて、ゆっくり呼吸する(手当てという原始的な癒し)
お風呂で自分の身体を丁寧に洗う
ハンドクリームを塗る時間を意識的に持つ
パートナーや家族とのハグを習慣に
整体・マッサージなど、専門家の手を借りる時間を持つ
「触れる」という行為は、ポリヴェーガル理論でいう「腹側迷走神経」を活性化します。オキシトシンの分泌、コルチゾールの低下、心拍と呼吸の安定。これらを引き起こします。
現代社会では、誰にも触れられない時間が驚くほど長くなっている方がたくさんいます。これは、自律神経の硬直化に直結する状態です。
施術院に来てくださることも、このセルフケアのひとつなのだと、僕は思っています。
おわりに ― 彩りのある人生を
ここまで、本当にありがとうございました。
最後に、僕がこの10年で辿り着いた3つのことを、改めて書き残させてください。
ひとつめ。
人生に、意味はない。
これは、絶望の言葉ではありません。むしろ、自由の言葉です。
人生にあらかじめ意味があるなら、僕たちはその意味に従って生きるしかない。「何のために生まれてきたのか」を探し続けるしかない。でも、答えは見つからない。なぜなら、最初から、ない。
ないんです。意味なんて。
でもね、だからこそ、僕たちは自由なんです。
意味がないからこそ、自分でつけられる。
僕は、脳腫瘍を「意味のない病気」として10年抱えることもできました。「なぜ自分が」と問い続けて、答えのない問いに苦しみ続けることもできました。
でも、ある時から、僕はこの病気に「意味をつける」ことを選びました。これは、僕が施術家になるための準備期間だったんだ、と。これは、患者さんに「身体は変わる」と心から言えるようになるための経験だったんだ、と。
事実は変わりません。脳腫瘍を2度患ったという事実は、消えない。
でも、その事実に、どんな色を塗るかは、僕が選べる。
これは、すべての人に開かれている自由です。
ふたつめ。
身体は、いつも治る方向に向いている。
これは、僕が10年かけて自分の身体で確かめた事実です。
人間の中には、何もしなくても、放っておくだけで、常に治る方向に動いている流れがあります。それは「自然治癒力」とも「ホメオスタシス」とも「神経可塑性」とも呼ばれてきた力です。
僕たちが「治す」のではない。
身体が、勝手に治っていく方向に動いている。
僕たちにできるのは、その流れを邪魔しないこと。
そして、できれば、後押しすること。
これは、慢性的な不調を抱えるすべての方に、伝えたい事実です。
「治らない」と言われても、身体は今この瞬間も、治る方向に動こうとしています。
「年だから」と言われても、身体は今日も、新しい細胞を作り続けています。
「気のせい」と言われても、身体はちゃんと、あなたの違和感を信号として送っています。
身体を信じてください。あなたの中にある力を、信じてください。
みっつめ。
生きようとする力は、何よりも強い。
これが、3つの中で、僕がいちばん大切にしている言葉です。
意識が諦めていても、生きようとする力は流れ続けています。
頭が「もう無理だ」と言っていても、生きようとする力は止まりません。
身体のどこかが壊れていても、別の場所が補おうとしてくれます。
ホルモンの一部が出なくなっても、別のシステムが立ち上がろうとしてくれます。
僕は20代で2度死にかけました。でも、僕の身体は、僕の意思とは関係なく、ただ生きようとし続けてくれた。意識を失っても心臓は動き続け、絶望していても呼吸は続き、薬を止めても身体は再駆動した。
これは、僕だけの話ではありません。
あなたの中にも、同じ力が流れています。
今この瞬間も、あなたの心臓は動き、あなたの呼吸は続き、あなたの細胞は再生し続けています。
その力は、あなたが思っているより、ずっと強い。
その力は、あなたが信じていないときも、流れ続けている。
その力は、何があっても、最後まであなたを支えてくれる。
そして、最後に。
あなたの人生に、彩りがありますように。
意味のない世界に、自分の手で意味を塗っていく。
治る方向に向いている身体を、信じて生きていく。
生きようとする力に、ただ素直に、身を委ねていく。
その積み重ねの先に、彩りのある人生があるのだと、僕は思っています。
朝の冷水で顔を洗うのもいい。
6秒呼吸を5分続けるのもいい。
誰かの手に触れてもらうのもいい。
誰かの手に触れるのもいい。
どれも、あなたの人生を彩る、小さな筆遣いです。
その小さな積み重ねが、いつか、振り返ったときに、誰にも真似できないあなただけの色になります。
僕の人生も、まだ途中です。
これからも、自分の手で、自分の人生に色を塗り続けていきます。
そしてもし、どこかであなたとお会いできたなら、あなたの身体に、丁寧に触れさせてください。
その時間が、あなたの人生の、また小さな彩りになりますように。
整体からだケアについて
慢性的な痛み・痺れ・原因不明の不調・自律神経のお悩みに、神経系の専門知識を活かしてアプローチしています。初回はカウンセリングを丁寧に行います。お気軽にご相談ください。
東京 武蔵小金井院
最寄駅:JR武蔵小金井駅 徒歩5分
京都 伏見院
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院長:岡村拓也(鍼灸師・あん摩マッサージ指圧師・整体師)