日記:『自分の居場所』について

日記:『自分の居場所』について

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コラム
 この四半期を振り返って、いろいろな場所で受けた悩み相談をちょっと振り返っているのですが。
 ちょっとどうなのかなと、思うことが多かったんで、備忘録代わりに考えをまとめておこうと思います。

「自分の居場所がない気がする。」という悩み相談


 この悩み、どれくらいの人が気にしたことあるんでしょうか。最近、ほんとによく聞くようになった。察するところ、リモートワークとかのせいなんでしょうか、普段いるはずの場所にいなくなったり、いないはずの人がいるようになったりするから、そういうことを考えることが増えたのでしょうか。
 あるいは、単純に仕事や生活が不安定になって、漠然と将来への不安がましているんですかね。
 そういう方の助けになれば、というとおこがましいかもしれませんが僕なりの考えを書いていこうかなと思いますね。

居場所とは何か

 実はこの手の相談が来るたびに、毎回「あなたにとってのその『居場所』というのはどういうものなんですか?」と尋ねるんですがきれいに「こういう場所です」とか「こういうものです」という風に返ってきたことはありません。
 つまり、実際よくわかっていないんですね。僕のイメージとしては、特定の場所、たとえば職場や家庭で自分がいなくてもそこが成立してしまったり、あるいはそこに自分がいないほうがいいのではないかとすら思うことを、比喩的に「居場所がない」としているのではないかととらえています。間違っていたらごめんなさいね。
 そういった解釈でいいという前提で考えると、たしかに、つらいですよね。毎日一生懸命頑張っているのに、いなくても同じ、むしろいないほうがいいなんて思われていたら悲しくなりますね。

ではどうすればいいか①ー単純な解決策

 単純な話、職場であればレベルアップ・スキルアップしましょう。自分がいないとできない仕事、自分がいないと成立しない場を作ってしまえば、この悩みは単純になくなりますね。自分能力不足・努力不足を棚に上げて、人から必要とされたい、認められたいというのは、いかにも利己的な考え方だと思いませんか。
 家庭であれば、特定の仕事を放棄してしまうのもいいと思いますね。単純に日常家事であれば週に3日は放棄してしまう。残りの家族で分担してもらう。少し関係性を見直してもらうには、ちょうどいい方法ではないでしょうか。

ではどうすればいいか②ーそもそも問題のとらえ方が間違っているという話

 本当は一番にこういいたかったんですが。それは悩みに対して向き合わずこちらの考えを押し付けることになってしまうので、先に正攻法の解決策を書きました。
 そもそも、居場所がないといけないという考え方が間違いです。居場所がないといけないという考え方の本質は、自分の存在価値を他人にゆだねるということです。はっきり言いますが、この考え方は間違いです。
 よく考えてみてください。自分が一番つらいとき、自分が一番苦しいとき、親でもない、家族でもない人が漫ろ手を差し伸べて助けてくれますか?
 その職場の同僚が、あなたの失敗をかばって代わりに仕事をやめてくれますか?
 そんなことは起こらないんですよ。みんながみんな自分のために働いて、自分のために生きている。そして会社という場、職場という場は、そういう人の集まる場所に過ぎないんですよ。誰かの承認欲求や誰かの存在価値を認めたり育てたりしてくれる場ではないんです。困ったときに助けてもくれない、なんなら手をたたいて喜ぶような人たちに自分の価値を認めてもらう必要ありますかね?僕はないと思いますね。
 自分がそこにいていいのかどうかは、自分自身だけが決められます。あなたがそこにいていいかどうかはあなただけが決めていいんですよ。ここを譲っては絶対にいけません。
 もちろん、首になったらだめですよ。すぐに片付けて出ないといけない。
 ただ、お金をもらって雇われている限りは、いくらいてもいいんですよ。別に挨拶が無視されようが、旅行のお土産が自分にだけ渡されなくても関係ないんです。自分がそこで働く、自分がそこにいるんだと思う限り、そこにいていいんです。
 自分の居場所について悩んだ時にはまず、自分の人生に、自分の命に主体性を取り戻すべく、自分の心と向き合ってみることをお勧めします。

余談:僕ならどうするか

 僕なら二択。もらえる給料やその居場所の心地よさが、疲労やネガティブな気持ちと比べて旨味があると思うなら、ほどほどに仕事や家事を流しながら居続けます。逆に、お賃金が割に合わない、時間の無駄じゃないかと思う、家庭にいても全く気が休まらないし義務感しかないとなったら、即、仕事をやめるなり、離婚するなりすると思いますね。
 正直、一度も居場所がないと思ったことがないので『そりゃあお前はそうだろうよ』といわれるかもしれませんが、たぶんそうですね。←
 ただ、一言、付言するとすれば、僕はいついかなる理由で仕事をやめてもほかの仕事で一生食べていく自信がりますし、(今はお相手がいませんが)仮に何度恋人と別れてもまた素晴らしい相手と巡り合う自信があります。
 結局、それが正しいかどうかは置いておいても、そういう風に考えられる人は居場所の有無について悩まずに済むんじゃないかとも思いますね。
 大丈夫なんですよ、皆さん、そんなにつらいならその仕事をやめてもいい。そんなにいづらいなら、そんな家出ていいんです。仕事も異性も、世の中には星の数ほど用意されています。思いこまなくても、いいんですよ。

でわまた!



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