よく神社へでかけてお参りしますが、今のような形式の参拝となる前は一体どんな形で神様に祈っていたのか気になったのはかなり昔、若い頃のことです。
ずっと気にはなっていても、いままでは特に調べることもなかったんですが、最近ネットで山本健造さんという方が飛騨の古老から聞かされたという古代のお話の中に、信仰の原型が書かれていたのを読みました。
ーーーーー以下引用----
いつから始まったかわからぬ程の大昔から、時には淡山の丹生池(にゅうのいけ)を囲み、また住んでいる近くに先祖の亡骸(なきがら)を埋めて、その傍に池を造り、皆で池を囲んで、池に太陽の光、月の光を浮かべてその光をジィーと見つめながら心から感謝して先祖を拝み、心を鎮めた。
その行事が朝夕なされ、日抱御魂鎮(ひだきのみたましずめ)といい、それが日抱(ひだき)、日抱(ひだ)とよばれさかんに行われたのじゃ。
飛騨を出て行った人々は、自分の故郷を、日抱(ひだき)をするところ、日抱(ひだ)といい後にひだ(飛騨)という地名になったのじゃ。
引用元HP rokuzigenkai.com/soul/
池に映った太陽や月の光を見つめながら感謝の気持ちで先祖を拝んで心を鎮める。
明治くらいまでこの風習が残っていたそうです。今現代によみがえらせることはできないかなと思いましたが、ネットでいろいろ探したところ、過去にイベントを行った方もいらっしゃるようです。場所は飛騨ではなくても、各地でもいいですよね。もっと広がるといいです。
もっとも、今私たちが仏壇や神棚に灯をともしてお祈りをすることと同じなのかもしれませんね。
また、引用元に以下のような文章がありました。
日抱御魂鎮は、ただ心を鎮める神事として行っていたわけではないようです。
深い深い『日抱御魂鎮』の境地に入ると、過去も未来も透視ができたり災難から逃れたり病気を治すことができたりと言う神通力が使えたと伝わっています。
「飛騨の口碑」から病気を治したと言う部分を抜粋いたします。
『白髪翁は上西藤朝仙人と私(山本健造)を前において静かに語り続けるのでした。
「大昔、わしらの先祖の住んだ頃は、今のように薬もなく、医学もなく、親が病み、子が病んだ時は、そこを一心不乱に『治れ 治れ ! 治れ 治れ !』となでて治したんじゃ。
爺様、婆様の病治れと真剣に念じて、家族みんなで一心に念じて撫でると治っていったんじゃあ!
私はレイキを学んでいます。昔から人はこの力を使っていたと聞いていましたが、やはり古代の人は普通に使っていた力なんだと思いました。
HPには神通力と書いてありますが、薬箱の代わりにだれもが使っていた普通の力だと私は思いました。
そして、以下の部分にもはっとしました。
一心不乱に念じていると心がぼーっとしてきて、時にはぼーっと光り輝くお日様のような光るものが見えてきたり、時にはお月様のようなものが見えたりして、そういう光が現れてくると不思議によく治ったんじゃ。
このお日様のような光るものは、丹光といわれているものだと思います。
レイキをしているとき目を瞑ると見えてくるもので、よくあることです。私の場合、この光は毎回さまざまな色や模様があらわれて、いつも同じではありません。
レイキはあやしいことでもなくて、普通にだれにも備わっている力です。
ただ、伝授にはそれなりの金額がかかるため、だれもが受けられるものでないのが残念です。
山本健造さんが古老から伝えられた話は何冊も本に書かれて出版されていますし、HPにも掲載されていますので、興味を持たれたら是非読まれることをおすすめします。