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ーーーーー以下引用----
いつから始まったかわからぬ程の大昔から、時には淡山の丹生池(にゅうのいけ)を囲み、また住んでいる近くに先祖の亡骸(なきがら)を埋めて、その傍に池を造り、皆で池を囲んで、池に太陽の光、月の光を浮かべてその光をジィーと見つめながら心から感謝して先祖を拝み、心を鎮めた。
その行事が朝夕なされ、日抱御魂鎮(ひだきのみたましずめ)といい、それが日抱(ひだき)、日抱(ひだ)とよばれさかんに行われたのじゃ。
飛騨を出て行った人々は、自分の故郷を、日抱(ひだき)をするところ、日抱(ひだ)といい後にひだ(飛騨)という地名になったのじゃ。
引用元HP rokuzigenkai.com/soul/
日抱御魂鎮は、ただ心を鎮める神事として行っていたわけではないようです。
深い深い『日抱御魂鎮』の境地に入ると、過去も未来も透視ができたり災難から逃れたり病気を治すことができたりと言う神通力が使えたと伝わっています。
「飛騨の口碑」から病気を治したと言う部分を抜粋いたします。
『白髪翁は上西藤朝仙人と私(山本健造)を前において静かに語り続けるのでした。
「大昔、わしらの先祖の住んだ頃は、今のように薬もなく、医学もなく、親が病み、子が病んだ時は、そこを一心不乱に『治れ 治れ ! 治れ 治れ !』となでて治したんじゃ。
爺様、婆様の病治れと真剣に念じて、家族みんなで一心に念じて撫でると治っていったんじゃあ!
一心不乱に念じていると心がぼーっとしてきて、時にはぼーっと光り輝くお日様のような光るものが見えてきたり、時にはお月様のようなものが見えたりして、そういう光が現れてくると不思議によく治ったんじゃ。