朝、「今日も新しい一日をむかえられてありがとう」と思い、神様に手を合わせる。
こうした行為は神様と仲良くすることであり、一日の中に感謝の習慣を取り入れるということです。
感謝のタイミングは人によってさまざま。
私の場合は
朝、目覚めたとき。
神様に祝詞を捧げるとき。
食事をいただくとき。
夜、眠る前。
そんなときに感謝のタイミングを作っています。
朝は一日の始まりで、新しい一日を迎えられたことがしあわせ。
おまじないのように、そう意識すると一日がポジティブになりやすいです。
夜は今日も一日、無事に健やかに過ごせたことがしあわせ。
けっこうハードな日であっても、明日をまた迎えられるということ。
これも実は小さな奇跡です。
私は眠るのがだいすきなので「うれしい、くつろげる、しあわせ」という面もあります。
食事の前はごはんをいただけるしあわせ。おいしい、楽しいし、「食べられることで生きる力になる」というしあわせでもあります。
パンッ!と一泊、柏手を打って「いただきます」と感謝するのは、誰かとご馳走を食べるときも、忙しいときの立ち食い蕎麦で同じ。たった一人のときにも「いただきます」と感謝して口にするようにしています。
なぜなら、私の「いただきます」は作ってくれた人だけに捧げる言葉ではないから。もちろん心を込めて作ってくれた感謝はありますが、それはまた別のもの。
お店なら会計のときに「ごちそうさまでした」と挨拶するし、家族や友人なら「おいしか った、ありがとう」と伝えます。
私が言う「いただきます」の意味は「『命』をいただきます」。
動物でも植物でも、自分の命を育むためには誰かの命をいただかなければならず、それこそが食事です。そう思うと、「誰にも迷惑をかけているわけじゃない」などと決して思えなくなります。「全部、自分の力でやっている」と突っ張った方の力も、ふっとほどけてきます。
こんなふうに、一日の中に感謝のタイミングを作れば、知らず知らずに感謝の意識を整えていけるのではないでしょうか。