入院患者さんで対応に
「バーカ」などの言葉から。
「目を逸らした、睨んで逃げた。」と看護師の行動一つ一つに苛立ちが募る様子の言葉。
「管理者が悪い、私は優秀な指導者だから私に報告しなさい」と管理希望のあるお言葉などなど沢山あります。
総合病院となると人の集まる人数も多く、さまざまな方と接することが
多くなります。
中でも怒りを携えて、
ファイティングポーズで看護師とお話しされる方は
特に若い子は不安感を持ってしまう子も多いです。
看護師も人間ですから
暴言を浴びせられると悲しくなりますし、その日一日の気分が変わります。
そして少しずつ、関わろうとする看護師が減っていく。
ちょっとまとうよ、と。
怒りが強く出ているっていうことは
みんなどこかしら無意識に悲しさ辛さを抱えているから
それが悲しみの表現で出ずに、怒りに変わって表面に現れているんだよと。
私は感じています。
人前で泣かないの、や泣くんじゃない の言葉
幼少期またはどこかで聞いたことがあるんじゃないかと思います。
表現方法はどうあれ、大人になってからは更に
泣くことはよくないこと、恥ずかしいこと、とインプットされているから
渦巻く強いエネルギーを外に出すときに、泣く発散方法を選ぶことは少なく
激情とも取れる怒りを表現する人が多くいるんです。
あの行動、物言いが気に入らない。目つきが気に入らない。
土下座して謝らせても許したくない。姿勢が気に入らない。
入院や怪我や病気などで、今までは自由に動けていた事に
制限がかかると、気が発散できなくなり、外に向けられていたものが
内に向いていきます。
内に向く時間は沢山あり、今まで見ないように、感じないようにしていた
感情や思い出に触れる時間も増えていきます。
動けない自分自身に比べ、周りは常に忙しなく動いていますから
余計に気に触る言動が目に留まり、記憶に留まります。
そうして重たい感情が溜まっていき、いずれ爆発するんです。
過去にお洋服を入浴で使用する際、職員が出し損ねた事に対して
怒りが収まらずに管理者からの言葉をお待ちになった方がいました。
よくよくその方からお話を聞いてみると、
苛立ちが止まらなかったこと、入院生活に耐えているのに
入院期間が伸びていき、息苦しく、爆発してしまったそう。
ずっと幼い頃から頑張ってきた、弱音も吐かず、泣かず頑張ってきた。
頑張って頑張ってここまでやっとの思いで生きてきた。
それなのにここで本当に苦しんだと。
息が詰まる、はやく外に出してほしいと。
涙ながらにぽつりと吐き出してくださいました。
悲しい思い出ばかりを反芻して思い出し、
現状も相まって悲しい思いでいっぱいになり怒りとなって溢れ出た状態でした。
私はただじっとお話を聞かせてもらいました。
本当に頑張ってこられた事が、表情に声に手に現れていました。
ここまでよく頑張ってこられましたね と手を握りかえす事しかできません。
代わりにはなれません、ただその怒りを粛々と受け止める。
遠巻きに見守ることもできます。
ただそれだと、一人で悲しみや激情の怒りに耐えうるしかない。
私は激情の気持ちも丸ごと受け止めて、沢山の方が支えてあげる。
そんな昭和初期の様な、賑やかしい関係で支え共に歩めるものを作りたいと
思います。