私はこれまで、受験に偏りすぎた教育を批判する記事を書いてきました。
なので誤解されているかもしれませんが、私は中学受験に賛成です。
しかも、かなりはっきり賛成しています。
ただ、勧める理由が、たぶん世間で言われているものとは違います。学力のためではありません。
1. 前提:知育は、とても重要です
まず、はっきりさせておきます。
知育は、かなり重要です。
教育は知育・徳育・体育の3つ(教育基本法 第2条)で、私はよく徳育の話をしますが、「勉強はほどほどでいい」と言ったことは一度もありません。
学力は、その子の選択肢そのものです。学力があれば、進路を選べます。なければ、選べる範囲の中から選ぶことになります。
そして中学受験の勉強は、それ自体が徳育でもあります。
毎日、決めた時間に机に向かう … 勤勉、節度
解けない問題を投げ出さない … 希望と勇気、努力と強い意志
苦手から逃げない … 自律
これらは全部、学習指導要領の道徳の内容項目に書かれている徳目です。受験勉強をやり切った子は、徳育の面でも確実に何かを得ています。
だから中学受験は、それだけでも十分に価値があります。
でも、私が本当に大きいと思っているのは、その先です。
2. 私が中学受験を勧める、本当の理由
こうです。
中学受験は、子どもが過ごす「環境」を、親が選べる、ほぼ唯一の機会だからです。
小学校は、基本的に住んでいる場所で決まります。中学校も、公立ならそうです。
つまり普通に暮らしていると、子どもが12歳から15歳という、人格が固まる時期に、誰と3年間過ごすかを、親は選べません。
中学受験は、そこに選択肢を持ち込みます。学力の話ではなく、環境の話です。
環境が人をつくる、というのは根拠のある話です
教育経済学に「ピア効果(peer effect)」という言葉があります。
ある集団に属する個人が、周りの構成員の属性や行動から影響を受ける、という現象です。
そして研究の世界では、こう言われています。
「誰と一緒にいるか」が学習成果に与える影響は、「どんな教材を使うか」と同等か、それ以上。
親は、教材や塾には何十万円もかけます。しかし本当に効くのは、隣に座っている子のほうかもしれない——ということです。
これは昔から言われてきたことでもあります。
朱に交われば赤くなる
孟母三遷(孟子の母が、子の教育のために三度引っ越した)
教育の世界で2000年以上言われ続け、いまは経済学が数字で追いかけている。 つまり、そういう話です。
3. 正直に書いておきます
ここから先は、私の実感であって、統計ではありません。
私の感覚では、学力の高い学校ほど、生徒の様子が違います。 挨拶をする。時間を守る。人の話を最後まで聞く。教室が荒れていない。
理由は、たぶん学力そのものではありません。入試という同じ関門を通ってきた集団は、家庭の教育方針や生活習慣も、ある程度そろいやすいからだと思っています。
その結果、教室の中の「当たり前の基準」が変わります。
宿題をやってくるのが当たり前。時間を守るのが当たり前。その基準の中に3年間いれば、子どもはその基準になります。 これがピア効果です。
ただし、ここは強く書いておきます
これは集団の傾向の話であって、一人ひとりの話ではありません。
学力が高くても、人としてどうかと思う子はいます。それも、そこそこの数います
学力が振るわなくても、驚くほど誠実な子もいます。私は後者を何人も見てきました
どの学校に行っているかで、その子の人間性を判断するのは、間違いです。
そして、そういう判断をする大人こそが、徳育に失敗していると私は思います。
高い学校にも、危険はあります
ピア効果には、負の方向もあります。
「自分は選ばれた側だ」という選民意識
成績で人を値踏みする空気
ついていけなくなったときの、逃げ場のなさ
環境を選んだからといって、安心はできません。 選民意識は、徳育の失敗そのものです。
4. 受かって終わり、ではありません
ここが、この記事でいちばん伝えたいことです。
第一志望に合格した。おめでとうございます。でも、そこはゴールではありません。
勉強ができても、人間性が育っていなければ、意味がありません。
テストの点は取れるが、店員に横柄な態度を取る
偏差値は高いが、挨拶ができない
学歴はあるが、約束を守らない
こういう大人を、私たちは何人も見ているはずです。
そして残酷なのは、知育の成果はその日のうちに数字で出るのに、徳育の失敗は10年後、20年後にしか出てこないことです。
合格発表の日には、誰も気づきません。
5. だから、親は「観察」してください
受験勉強が始まると、家庭の会話が偏ります。
「今日の模試どうだった」「宿題終わったの」「あと何日」——気づくと、会話が成績の話だけになります。
だからこそ、意識して見てほしいことがあります。
成績表には出ないところです。
日頃、見ておくこと
家族以外の人に、どう接しているか(店員、近所の人、塾の受付の方)
年下の子に、どう接しているか
できない子のことを、どう言うか(「あいつバカだから」と言い始めたら、危険信号です)
約束を守るか
自分が悪いとき、認められるか
疲れているとき、家族に八つ当たりしていないか
特に、これだけは
「誰も見ていないところで、何をしているか。」
模試は採点されます。順位も出ます。だから頑張れます。見られている場所では、誰でもある程度は頑張れるのです。
でも、人間性が問われるのは、採点者がいない場所です。
ゴミを捨てるかどうか。バレない嘘をつくかどうか。親がいないとき、約束を守るかどうか。
ここに、その子の本当の姿が出ます。
6. 最後に
まとめます。
中学受験は、いい手段です。 学力がつくからではなく、子どもが3年間を過ごす環境を、親が選べるからです。そして環境は、人をつくります。
ただし、環境に入れたら終わりではありません。
環境が良ければ良いほど、成績という分かりやすい物差しが手に入ります。そして親は、その物差しだけを見るようになります。
そうならないために、勉強の話と同じ回数だけ、お子さんの振る舞いを見てください。
知育と徳育、両方そろって、はじめて「知徳兼備」です。
受験は、そのための手段の一つにすぎません。
参考
教育基本法 第2条(教育の目標)
文部科学省「小学校/中学校学習指導要領 特別の教科 道徳」(内容項目)
ピア効果(peer effect)に関する教育経済学の議論
『礼記』大学篇「小人閑居して不善をなす」/慎独