不登校などの教育問題は教育者の教育力の低下が原因である。

不登校などの教育問題は教育者の教育力の低下が原因である。

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教育問題も、社会問題も、突き詰めると原因は一つだと私は考えています。

教育者の、教育力の低下です。

不登校も、いじめも、ひきこもりも、非行も、子どもの側から生まれたものではありません。教育する側の力が落ちた結果として、子どもの側に出てきているものだと思っています。

そして残念ながら、学校側の力は、これから回復しません。 数字がそう言っています。

この記事は、前半が「事実」、後半が「私の意見」です。分けて書きます。

【事実】学校の足元で、何が起きているか
① 教員採用試験の倍率が、過去最低
文部科学省が2025年12月に公表した「令和7年度 公立学校教員採用選考試験の実施状況」より。

競争率全体2.9倍(過去最低。前年度3.2倍)小学校2.0倍(過去最低。7年連続で最低を更新)

小学校は、34,434人が受験して、17,078人が採用されています。

受験した人の、半分が先生になっています。

かつて教員採用試験は「狭き門」でした。1990年代には全体で10倍を超えていた時期もあります。それが、いま2.9倍です。

② 現職の先生が、倒れている
同じく文部科学省「令和6年度 公立学校教職員の人事行政状況調査」より。

精神疾患による病気休職者:7,087人(全教育職員の0.77%)

前年度(7,119人・過去最多)から横ばいの高止まり

学校種別では小学校が3,458人と、全体の約半数

年代別では30代が最多で2,118人

休職の要因の上位は、児童生徒への指導そのもの、職場の対人関係、事務的な業務でした。

これから中堅として学校を支えるはずの30代が、いちばん倒れています。

③ 子どもの側の数字も、過去最悪圏
前の記事にも書きましたが、あらためて並べます。

不登校(小中):353,970人(過去最多・12年連続増加)

いじめ認知件数:約769,000件(過去最多)。重大事態も過去最多

ひきこもり(15〜64歳):推計146万人

ここから先は、私の意見です
事実は以上です。ここから先は解釈であり、証明された因果ではありません。

先に断っておきます。倍率が下がったことが、先生一人ひとりの質の低下を証明するわけではありません。 倍率2.9倍でも優秀な先生はたくさんいますし、私はそういう先生を何人も知っています。

しかし、構造としてはこうなります。

選べない組織は、質を維持できない
どんな組織でも同じです。10人から1人を選ぶのと、2人から1人を選ぶのとでは、選抜の機能が違います。

倍率2.0倍とは、「この人はうちには合わないな」と判断したら、その分だけ定員が埋まらないということです。しかし学校には、埋めないという選択肢がありません。目の前に子どもがいるからです。

さらに、こういう循環が起きています。

先生の仕事がきつい
   ↓
志望者が減る(倍率が下がる)
   ↓
一人あたりの負担が増える
   ↓
現職が倒れる(精神疾患7,087人)
   ↓
さらにきつくなる


この循環は、学校の中の努力では止まりません。 給与も、定数も、業務量も、制度で決まっているからです。

だから私はこう言います。

学校に期待するのは、もうやめたほうがいい。

これは先生を責める言葉ではありません。むしろ逆です。 先生は、制度に押しつぶされている側です。押しつぶされている人に「もっとやれ」と言うのは、酷であり、無意味です。

残っている希望は、家庭教育だけです
では、どうするか。

家庭教育を再生するしかない、というのが私の結論です。

理由は単純です。家庭は、制度改正を待たなくていい唯一の場所だからです。

学校を変えるには、法律と予算と何年もの時間が要ります

家庭を変えるのは、今日の夜からできます

そして、こちらのほうが本来は強いのです。子どもが家庭で過ごす時間は、学校で過ごす時間より長いのですから。

つまり、こういうことです。

各家庭の保護者が、いい教育者になるしかない。

「私は教師じゃないから」は、もう通用しません。子どもを教育する人は、全員が教育者です。学校の先生も、塾の講師も、部活の指導者も、そして保護者も。

そして先生が倒れている今、現場に残っている教育者は、親だけです。

いい教育者とは何か
一つ前の記事にも書きましたが、定義はこうです。

いい教育者とは、子どもを進歩させることができる人である。

面白いかどうか、優しいかどうかではありません。去年より、その子が進んだかどうかです。

そして進歩とは、知育・徳育・体育の3つの進歩を指します(教育基本法 第2条)。

特に、徳育に力を入れてください
家庭で3つ全部を完璧にやるのは無理です。優先順位をつけます。

私は、徳育を最優先にすべきだと考えています。

理由は3つあります。

① 知育のほうは、まだ機能している
厳しいことを書いてきましたが、知育に関しては、日本の学校はまだ相当に機能しています。

教科書があり、教科の免許を持った先生がいて、カリキュラムがあり、テストで到達度が測られ、つまずけば補習も塾もあります。仕組みとして完結しています。

だから家庭が本気で埋めなければならない穴は、ここではありません。

② 徳育だけが、機能しなくなった
では、なぜ徳育は機能しないのか。免許がないから——それもあります。しかし本当の理由は、もっと単純です。

学校では、きつく指導できなくなったからです。

文部科学省が令和4年に12年ぶりに改訂した「生徒指導提要」には、「不適切な指導と考えられ得る例」として、次の7つが明記されています。

大声で怒鳴る、ものを叩く・投げる等の威圧的、感情的な言動で指導する

児童生徒の言い分を聞かず、事実確認が不十分なまま思い込みで指導する

組織的な対応を全く考慮せず、独断で指導する

殊更に児童生徒の面前で叱責するなど、児童生徒の尊厳やプライバシーを損なうような指導を行う

児童生徒が著しく不安感や圧迫感を感じる場所で指導する

他の児童生徒に連帯責任を負わせることで、本人に必要以上の負担感や罪悪感を与える指導を行う

指導後に教室に一人にする、一人で帰らせる、保護者に連絡しないなど、適切なフォローを行わない

正確に書きます。国は「叱るな」とは言っていません。 過度な叱責と体罰(学校教育法第11条)を戒めているのであって、指導そのものを禁じてはいません。

しかし現場では、こうなります。

線引きが自分では判断できない

一歩間違えれば、保護者対応、教育委員会、最悪は処分

だったら、注意しないほうが安全

こうして先生は、叱らないほうが合理的な立場に置かれました。

ここが決定的です。

知育は、叱らなくても教えられます。 解き方を説明すればいい。
徳育は、叱らないと入りません。 挨拶をしない子に「挨拶しなさい」と言い、やるまで引かない。約束を破った子に、その場で向き合う。摩擦なしには、成立しない教育です。

その摩擦を、学校はもう引き受けられません。倒れそうな担任に、それを求めるのは無理です。

だから、徳育だけが宙に浮いています。 ここを引き受けられるのは、家庭しかありません。

③ 徳育は、あとから取り返せません
(※ここは元のままです)

今日からできること
抽象論で終わらせません。何を教えるのか、という中身の話をします。

私は、教育勅語を挙げます。

先に、事実を書いておきます
思想の話をする前に、事実関係をはっきりさせます。

1890年(明治23年)10月30日 発布

1948年(昭和23年)6月19日、衆議院が「教育勅語等排除に関する決議」、参議院が「教育勅語等の失効確認に関する決議」を可決。現在、法的効力はありません

2017年3月31日、政府は答弁書を閣議決定し、「憲法や教育基本法等に反しないような形で教材として用いることまでは否定されることではない」との見解を示しています

私は、学校で朗読させろとも、復活させろとも言っていません。 国会が失効を確認した文書です。そこは動かしません。

ここで言いたいのは一点だけです。中身に書かれている徳目は、いま家庭でそのまま使える、ということです。

十二の徳目
(なお「十二」という整理は後世の解説によるもので、原文が番号を振って列挙しているわけではありません。)

徳目意味1孝行親を大切にする2友愛兄弟姉妹は仲良くする3夫婦ノ和夫婦は仲むつまじく4朋友ノ信友を信じ、裏切らない5謙遜自分の言動を慎む6博愛広く人を思いやる7修学習業学び、手に職をつける8智能啓発知識を養い、才能を伸ばす9徳器成就人格を磨く10公益世務世のためになることをする11遵法法律や規則を守る12義勇国に危機が迫れば、公のために尽くす

読んでいただければ分かると思いますが、1から11までは、いまの学習指導要領「特別の教科 道徳」の内容項目と、ほとんど重なります。

「親を大切にする」は家族愛。「友を信じる」は友情、信頼。「自分の言動を慎む」は節度、節制。「学び、職を身につける」は勤労。「規則を守る」は規則の尊重。

特別な思想ではありません。 戦後に否定されたのは、勅語という形式(天皇の言葉として国民に示され、教育の唯一の根本規範とされたこと)と、12番目の扱いです。徳目そのものが否定されたわけではありません。

実際、それらは形を変えて、いまも道徳の教科書に載っています。

家庭で、今日からやること
十二のうち、家庭でそのまま使えるものを取り出します。

① 孝行 —— 親を大切にする
食事を作ってもらったら「ありがとう」を言わせる。祖父母に電話をさせる。

② 友愛 —— 兄弟姉妹と仲良くする
きょうだい喧嘩を放置しない。どちらが悪いかを、その場で明確にする。

③ 朋友ノ信 —— 友を裏切らない
約束を破ったら、必ず指摘する。流さない。

④ 謙遜 —— 自分を慎む
挨拶と返事。人前での態度。誰も見ていない場所での振る舞い。

⑤ 修学習業 —— 学ぶ
宿題をやる。使ったものを元に戻す。

どれも、特別な教材も月謝も要りません。 そして全部、家の中でしか教えられないものです。

そして、いちばん大事なこと
親が先にやることです。

子どもは、言われたことはやりません。見たことをやります。 親が挨拶しない家で、子どもだけが挨拶することはありません。

徳育とは、親が自分を律することです。 ここが、いちばんきつい部分です。


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