「中学受験」で検索してみてください。
情報が、あふれます。塾の比較、偏差値表、過去問の解き方、合格体験記、親の心得。SNSを開けば、模試の結果と合格報告が毎日流れてきます。
次に「徳育」で検索してみてください。
ほとんど、何も出てきません。
出てくるのは行政のPDFと、教育学の論文と、古い学校のスローガンくらいです。生きた発信が、ほぼ存在しません。
知育の情報は洪水のようにあり、徳育の情報は砂漠のようにない。
私はこれを、非常にまずい状況だと考えています。
この記事は、前半が「事実」、後半が「私の意見」です。分けて書きますので、意見のほうは自由に否定してください。事実のほうは、出典を全部書いておきます。
【事実】いま、日本の子どもに起きていること
数字を4つ、並べます。すべて国の調査です。
① 不登校 — 353,970人。過去最多、12年連続増加
文部科学省「令和6年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」より。
人数小学校137,704人中学校216,266人合計353,970人
過去最多です。しかも12年連続の増加。
規模のイメージを書きます。35万人は、鳥取県の人口の約6割にあたります。一つの県が、まるごと学校に行けていないような数です。
中学校だけで21万人。中学生の25人に1人以上が不登校です。1クラスに1人以上いる計算になります。
(なお、新規の不登校者数は小中とも減少しており、そこは改善の兆しです。ただし総数は増え続けています。)
② いじめ — 認知件数 約769,000件。過去最多
同じ調査より。
いじめの認知件数:約769,000件(前年度から36,454件増)
過去最多を更新
「重大事態」(生命・心身・財産に重大な被害、または相当期間の欠席)も98件増えて過去最多
念のため書いておくと、「認知件数の増加」は、必ずしも悪いことではありません。学校が小さないじめも見逃さず拾うようになった結果、という側面があります。
しかし、重大事態まで過去最多なのは、その説明では足りません。深刻なものが、実際に増えています。
③ ひきこもり — 146万人。50人に1人
内閣府「こども・若者の意識と生活に関する調査」(令和4年度実施、2023年3月公表)より。
15〜64歳のひきこもり状態にある人:推計146万人
生産年齢人口の約50人に1人
学校の問題が、学校を出たあとまで続いている、ということです。
④ 少年非行 — 3年連続で増加に転じた
法務省『令和7年版 犯罪白書』および警察庁の統計より。
令和6年の刑法犯少年の検挙人員:29,675人(前年比 +13.2%)
令和4年から3年連続の増加
人口比(10歳以上の少年10万人あたり):278.8(前年から +34.9)
少年非行は、長く戦後最少を更新し続けてきました。その流れが、反転しています。
窃盗、傷害、暴行、器物損壊。いずれもコロナ前より増えています。
【事実】その一方で、教育投資はどうなっているか
知育への投資は、過去最高
2026年度の首都圏の中学入試は、小学6年生の児童数が減っているにもかかわらず、受験率は過去最高の19.1%。小6の5人に1人が中学受験をしています。
一時的なブームではなく、2014年度以降、高止まりして定着しています。
体育は、過去最低
スポーツ庁の全国体力・運動能力調査では、小学生・中学生の体力合計点が男女とも令和元年度から連続して低下。小学生男子は過去最低を記録しました。
徳育は、専門家が一人もいない
道徳は2018年度(中学校は2019年度)から「特別の教科 道徳」になりました。教科書があり、評価もつきます。
しかし——
道徳を専門に教える教員免許は、存在しません。
国語には国語の免許があり、数学には数学の免許があります。道徳にはありません。担任が受け持ちます。
教科になったのに、専門家がいない。
ここから先は、私の意見です
以上が事実です。ここから先は、私の解釈であり、証明された因果関係ではありません。
上の数字は「同時に起きていること」であって、「Aが原因でBが起きた」と統計的に証明されたものではありません。 それを承知のうえで、私はこう考えています。
私たちは、教育の3本柱のうち1本を、抜いてしまった
教育基本法 第2条には、こう書いてあります。
幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと
知育・徳育・体育が、一文の中に並んでいます。文部科学省もこれを「生きる力」=「知・徳・体のバランスの取れた育成」と説明しています。
バランス、です。
いま起きているのは、こうです。
知育 … 投資は過去最高
体育 … 過去最低
徳育 … 制度はあるが、専門家がいない。世間の話題にもならない
3本のうち1本が突出し、1本が沈み、1本は誰も見ていない。
椅子の脚を1本抜けば、椅子は倒れます。倒れた椅子を見て「なぜ倒れたのか」と議論している——それが、いまの状態だと私は思っています。
「知育の成功者、徳育の失敗者」
ニュースを見ていると、定期的にこういう事件が流れてきます。
難関大学の学生が、犯罪を起こす。
そのたびに、こう言われます。「あんないい大学に行っているのに」「あんなに頭がいいのに」と。
しかし、これは驚くようなことでしょうか。
その人は、知育の成功者であって、徳育の成功者ではなかった。ただそれだけの話ではないでしょうか。
学力と徳性は、別の能力です。片方を測って、もう片方が保証されると思うほうが、おかしいのです。
そして本当に恐ろしいのは、事件を起こす人ではありません。事件にならない失敗のほうです。
学歴はあるが、約束を守らない
偏差値は高いが、人に感謝しない
いい会社に入ったが、人が離れていく
親が望んだ道に進んだが、親と口をきかなくなった
犯罪にはなりません。ニュースにもなりません。合格発表の日には、誰も気づきません。
知育の成果は、その日のうちに数字で出ます。徳育の失敗は、10年後、20年後に出ます。
だから、後回しになります。「まずは受験だから」「余裕ができたら」。そう言っているうちに、子どもは大人になります。
なぜ徳育は語られないのか
理由は、はっきりしています。
数字にならないからです。
偏差値は出ます。体力テストの点数も出ます。しかし「思いやりが伸びた」を証明する数字はありません。
数字にならないものは、
目標に設定されません
進捗が管理されません
成果として自慢できません
だから、SNSで発信されません
「息子が第一志望に合格しました」は投稿されます。
「息子が今日も靴をそろえました」は投稿されません。
こうして徳育は、あるのに、無いことにされているのだと思います。
徳育は、思想教育ではありません
もう一つ、徳育が敬遠される理由があると思っています。「なんとなく、思想的に怖い」というイメージです。
これは、実物を見れば解けます。
学習指導要領の道徳の内容項目は22項目(小学校高学年・中学校)。中身はこうです。
正直、誠実 / 節度、節制 / 努力と強い意志 / 親切、思いやり / 感謝 / 礼儀 / 友情、信頼 / 規則の尊重 / 公正、公平 / 勤労 / 家族愛 / 生命の尊さ / 自然愛護 ——
特殊な思想は、一つも入っていません。
挨拶をする。嘘をつかない。約束を守る。人に感謝する。ルールを守る。命を大切にする。
「当たり前のこと」が、当たり前に並んでいるだけです。怖がる必要は、まったくありません。
最後に
私がこれを書いているのは、徳育を語る人が、あまりにも少ないからです。
知育の発信者は、何万人もいます。体育の発信者も大勢います。
徳育は、ほとんどいません。
だから書きます。誰かが言葉にしなければ、「徳育」という言葉ごと、社会から消えていくと思うからです。
35万人の不登校も、76万件のいじめも、146万人のひきこもりも、増加に転じた少年非行も、一つの原因では説明できません。 貧困も、家庭環境も、SNSも、コロナも、すべて関係しています。
それでも、私はこう言い続けます。
教育は、知育・徳育・体育でやるものです。
3本そろって、はじめて人は立ちます。
そして3本のうち、いま最も欠けているものが何かは、検索窓に打ち込んでみればすぐに分かります。
出典
文部科学省「令和6年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」(不登校・いじめ)
内閣府「こども・若者の意識と生活に関する調査」令和4年度(ひきこもり推計146万人)
法務省『令和7年版 犯罪白書』/警察庁「少年非行及び子供の性被害の状況について」(刑法犯少年)
スポーツ庁「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」
首都圏中学入試の受験率(2026年度)
教育基本法 第2条(教育の目標)
文部科学省「小学校/中学校学習指導要領 特別の教科 道徳」