宮沢賢治という名の星があるのを知っていますか

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コラム
 今年は宮沢賢治が亡くなって90年です。
 宮沢賢治は生きているうちは、ほとんど原稿料をもらったことがなく、単行本も自費出版の『春と修羅』と『注文の多い料理店』しかなく、しかもそれらもほとんど売れませんでした。
 しかし、中原中也などは、その価値がわかっていたのか夜店で5銭で売っていた『春と修羅』を買い集め知人などに配っています。
 そして、宮沢賢治は急性肺炎により、わずか37歳で亡くなっています。
 本格的に注目されたのは、賢治の死後、主に草野心平の尽力により多数の作品が刊行されたことによります。
 そんな生前は不遇だった宮沢賢治ですが、今でも作品は多くの人に愛され続けているのは御存じの通りです。
 1991年2月20日、滋賀県のダイアニックアストロパーク天究館の杉江淳さんが同館のシュミットカメラによって1991DVという小惑星を発見しました。
 そして、賢治生誕100年に当たる1996年、国際天文連合は小惑星1991DVをMiyazawakenjiと呼ぶことを正式に承認したのです。

 今日も宮沢賢治は夜空で私たちを見つめています。

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