はじめ
自己紹介となるこの記事は、デザインとは無縁だった自分がデザイナーとして数千件の制作をこなすフリーランスになるまでの話を振り返ってみました。これからフリーランスを目指す方、副業でデザインを始めたい方などにも、参考になることがあると思います。
おそらく自分にとっては初めての長文ライティングとなるため、少し読みづらい部分があるかもしれませんが、作業の休憩・暇つぶしにでも読んでいただければうれしいです。
1. 名古屋市在住のグラフィックデザイナー
はじめまして。ご覧いただきありがとうございます。グラフィックデザイナーのKIKKIといいます。10年ほどデザインの仕事をして5,000件以上の制作をしてまいりました。ココナラからの仕事が多く、ココナラだけでも1,700件を超える依頼をいただき毎日感謝しており、SNSからもご相談いただくようになったり、これからはもっと幅広く活動したいと思っています。
小学校1年生の時に6年生の先輩がつけた『KIKKI』という名前の由来は、じつは自分にも分かりません…!この名でオフラインでもオンライン上でも生きてきて、本名を知る人のが少なくなっています。そんなKIKKIは愛知県刈谷市に生まれ、今は名古屋市に住むフリーランスとして生きています。
2. 音楽にハマる10代・モノを売る小さな経験
少し10代の頃のお話をしますね。記憶力がない自分は、過去のことを忘れがちで記憶も薄れつつあります…。自分は若い頃からデザインに興味があったわけでもなく、10代は音楽が好きで、むしろ音楽関係の仕事に就きたいと思っていました。
音楽を好きになったきっかけは、小学校の頃に好きだった女の子Mちゃんが音楽好きだったためという儚い理由です。毎週TSUTAYAで最新リリースのシングルCDをレンタルし、オリジナルのカセットテープを作り手描きのインデックス付きでMちゃんに貸す、というのがルーティンになったため音楽を聴くのが日常になっていました。テレビや雑誌で最新のランキングをチェックして、上位の曲をレンタルで借りる習慣は、自然と音楽を聴く楽しみを趣味にしていきます。
J-POP以外の音楽も聴いてみたいと思いますが、当時は地元では中古CDが売っている場所も少なく、古本屋さんにある少ないCD売り場の中から、BON JOVIやエアロスミスのCDをジャケ買いしたのが洋楽デビューで、そこからはいろいろな音楽に出会うのが楽しくなっていきました。
中学校では服も好きになりつつも、一番の趣味はやはりCDを買い集めることで、メロコアやハードコアなどを中心に名古屋の中古レコードショップに行っては試聴したりジャケ買いしたりの日々が続きます。その後、先輩のDJイベントなどに行ってさらに知らないジャンルの音楽に出会い、HIPHOPやクラブミュージックも買うようになった少年KIKKIは、高校に入るとDJになりたいと思うようになりました。
高3でバイトを40連勤してお金を貯めてテクニクスのターンテーブル一式を買って以降、さらにバイト代はレコードに溶け、時間もDJの練習に費やしました。
CDショップでもバイトをはじめると、音楽好きの友達も増えていき、いろいろなライブやイベントに行き、刺激をもらった時期です。さらに、そのCDショップは比較的自由な職場だったため、好きなCDの仕入れをしてPOPを書き売り場を装飾し、売れるためにはどうしたらいいか、陳列方法や戦略を練る経験もありました。これは、初めてモノを売る楽しさを知った職場でもありました。バイトながらスタッフ全員のシフトを組む経験もして、なぜかバイトがバイトに「バイト出てくれ」とお願いする不思議な光景でした。
また、この頃に自分の不要になった服やCDなどをヤフオクで売ることも日常的にやっていて、まれに中古店で見つけたものが「これヤフオクで高く売れるんじゃないか?」というものを買い、利益を乗せて売る。当時はメルカリもなくあまり一般的じゃなかった「転売」をして、その説明文の作り方やタイトルの付け方などを工夫したり、購入者とやりとりをすることも小さなビジネスの経験にもなっていたと今になって思います。
3. 店長経験で学ぶ売り場づくりと数字管理
高校を出て専門学校生の間も、CDショップのバイトと掛け持ちでブックオフでもバイトをし、レコード代を稼ぎまくる日々が続きました。その中で、ブックオフでもCD担当として売上を上げるための売り場作りや在庫管理などもまかされるようになっていき、徐々にモノを買う人の目線や購買行動の基本も現場で感じるようになりました。その後CDショップのバイトを辞めたきっかけでブックオフでは「店長をやってみないか?」との打診を受け、せっかくならやってみるかと思い20代前半で店長として働くことになります。スタッフは20人もいない規模ではありましたがそれなりにマネジメントも学ぶ機会になり、とても良い経験をさせていただいたと思います。
まずは荒れ放題だったバックヤードを徹底的に掃除・整理整頓して環境を整備し、スタッフが働きやすく離職率を下げることからはじめ、現場では思いついた施策を計画し、試し、検証して改善するPDCAサイクルを回して、結果が出れば担当スタッフと喜び、はるかに年上のクセ強のスタッフとの向き合い方やチームのモチベ管理、深夜に謝罪に行くようなクレーム対応、そして少しは今のデザインの仕事にもつながる、POPやチラシ・販促物のデザインをWordで作成して、その掲示方法や内容によって効果が変わる経験もできました。
結果、店長になって初年度から前年比は大幅に超え、40ヶ月以上連続で前年比を更新して全国の店舗でも上位数%に入ってお店の利益もアップ。順調に結果を残し評価もされ、スタッフと良いチームづくりができていて安定した店舗へと変わっていきました。一方で、悩んだ末にこれ以上の学ぶことに頭打ちを感じ、それなりに安定した給料をもらっていた店長のポジションを捨て、行き先もなく退職を選択。無事にニートになったとさ。めでたくない!
4. 「イラレ覚えろ」ではじめたデザイン強制学習
ニートになってからは雇用保険をすぐもらうためだけに職業訓練校に入り、WordやExcelの資格、通称MOSのExpertを取得して約1年は就職活動をしていましたが、圧迫面接・しかめっ面のおじさん相手の面接がつまらなさすぎて就職する気はゼロに…。
その間、やめてしまったDJ生活に変わり毎日モンハンで狩りに明け暮れ、毎シリーズ1,000時間プレイして極めるハンターとしてニート生活を満喫?していました。イビルジョーという大きなモンスターをいかに早く狩れるか、秒単位で動きを突き詰めて腕を磨く、客観的に見れば超不毛な夜を過ごしていきます。
結局その後、たまたま電話で仕事を探していることを話した先輩にお誘いいただき、自動車の販売・カー用品の卸メーカーなどが母体の会社に就職させていただきました。自動車関係の事務・営業をしながら、車の販売営業マンの電話トークなどが毎日自動で耳に入ってきて、そのノウハウもなんとなく盗んでいたかもしれません。この会社では飲食店をオープンしたこともあり、開店までの大変さや飲食店の数字管理や現場のしんどさも良い経験となりました。このタイミングでメニュー表やPOP制作などのためにもデザインができる人間が必要になり、「イラレ使えるようになってくれ!」と社長からのお達しでほぼ独学でデザインの勉強をしはじめました。
5. 学んだスキルで脱サラリーマンへの“勘”
たまに言われるのですが、自分は芸術系やデザイン系の学校を出ているわけではありません。卒業した専門学校は「日本デザイナー芸術学院」という、思いっきりデザイン学んでるだろ的な学校名なんですが、サウンドアート科という音響のコースだったのでデザインとは全く関係がなく、学んだのはPAとしてケーブルの巻き方、DTMの基礎、あとは友人と遊んだ思い出しかありません。そのため、この時点の自分には色の効果・視覚的訴え方うんぬんは、素人以下の知識で、なんなら「デザイナーって服のデザイン作る人でしょ?」くらいの低脳でした。それでも仕事のためにGoogle検索しながらIllustratorの操作を覚え、PhotoshopはYoutubeを見て基本的な操作を学び、いろんな参考になる資料・サンプルを集めて真似しながらデザインを磨いていき、どうしたらお客さんが見やすいか、どうレイアウトしたら伝わりやすいかを考えて制作することを意識するようになっていきます。この課程は楽しく、成長することもおもしろかったのですが、いかに良くしていくかがゲームに似ていて攻略する快感がありました。
しばらくは顧客企業からも広告の制作をサービスとして請け負い制作することも増えていきました。しかし、この会社も数年で退職することになるのですが、理由としてはほぼ“勘”でした。この先、会社員や雇われているだけでは難しい時代が来るのではないか、企業・組織単位の円で構成されたこれまでの世の中から、もっと個人の円が複雑に交わり合うカラフルな世界になる気がしていました。このまま働いていたらいつか手詰まりになってしまうのではないか。そんな不安をどことなく感じての決断でした。
6. 雇われデザイナーで月給10万円に…
その後は同級生でフリーランスだったデザイナーに雇ってもらい、本格的にデザインを仕事にする道を進みます。このタイミングでフリーランスとしての活動も少しずつ始め、音楽イベントでのクリエイティブディレクター、友人のお店のディレクションやブランディング、幅を広げながら会社員 兼 フリーランスとして数年活動していく生活が続きました。(正確には法人にするのは数年後になるので、最初は正社員でもなかったです)
会社員の方は不動産関係の仕事がほぼすべてで、関西から関東まで幅広い物件のチラシやパンフレットなどの制作をさせていただき、朝早くから深夜にいたることもあり、徹夜する日もあり、電話が鳴ればすぐ対応し、帰宅してからもう一度事務所に行って修正作業に追われる・入稿待ちで帰られない・理不尽な修正数十回・イヤミを言われてストレス、そんなことは日常茶飯事のデザイナー仕事でした。
しかも、給料は1年は月給10万円、2年目は月給12万円。手取りじゃなくて総支給の月給です。当時、時給に換算してみたら最低賃金を余裕で下回る低時給でした。この中から、実家暮らしなので家に4万入れて、国保だの携帯代だので残るお金はほぼありません。楽しみと言えば帰りにコンビニで買って食べるアイスくらいでした。そんなことを2年も続けて、どうして辞めないの?と思われると思いますが、その時って不思議と「最初は誰でもこんなもんか」と思ってしまうものなんですね。さらに、広告代理店の営業さんは厳しく、初稿を出してもクライアントの企業に出す前にデザインの大幅な変更、一生懸命作った図解の部分を一声で削除、今すぐこれやって!すぐ直して!あのチラシなくなりました、お金も払えません!そんなことはしょっちゅうでした。それでも、フリーランスとして受けていた仕事よりもスピードが磨かれ、来た原稿から最適なレイアウト、難しい多くの修正点クイズを満たすパズル、クライアントの好みを読む力など、得るものも多くありました。そのため収入よりも経験を報酬として無意識に考えていたかもしれません。ストレスはMAXでしたがかなり鍛えられたとは思っています。
しかし、さすがにそろそろ収入的に厳しいので辞めようと思い告げると、「それならば給与の計算を変える」とのことで、担当案件の制作費の50%を歩合としてもらうようになりました。給与所得が年収で300〜400万円になり、フリーランスとしての事業所得と合わせてまともな人間として生きていけるだけのベースができ、しばらくして付き合った彼女と数年後、結婚する決意をします。
7. 収入増大のためクラウドソーシングも…コンペで選ばれず
結婚してからは出費も増えるので、さらに収入を増やしたいと思うようになりました。それまで吸っていたタバコを箱ごと握りつぶして捨て禁煙、やめられないモンハンをDSごと真っ二つに割って復元不可能にしてゲーム禁止にし、ほどほどにする、ができない自分はこうして仕事の時間を増やすことにしました。
まずはランサーズやクラウドワークスに登録し、「これまで一生懸命やってきたからいけるだろう!」くらいの変な自信でコンペに応募してみたものの、採用されるのは他の提案ばかり…コンペは選ばれなければお金にならないので、これはトレーニングにはなるもののお金を稼ぐためにやることではないと思いはじめます。言い方は悪いかもしれませんが、採用されるのは「コレが選ばれるの?自分の提案はともかく、他にもっといいデザインもあるのに」と思うパターンもあり、改めてコンペの難しさを体感しました。このままたくさんのコンペに参加して採用されていけばスキルアップできるかもしれない、と思うところかもしれませんが、自分は少し違和感を感じていました。仕事をしてもお金にならない、そんなブラックな仕事をしたくない、そういう思いもあって動いていたはず。
8. 転機はココナラ、低価格から時間を売っていく
コンペでは稼げない。すぐに稼ぎたかった自分は同時に別のプラットフォームも検討していく中、テレビCMで知ったココナラに興味を持ちます。
「得意を売り買いココナラ♪」のキャッチーなコピーのCMに、直感的に“これ、良いかもしれない”と思いました。他のクラウドソーシングと比べてポップで、ビジネス色が少なく今っぽい。BtoBがメインだった他のプラットフォームと比べて明らかに個人に向けた広告に、この先で伸びそう・ユーザー数が増えていきそう・早めに参加するのが良いかも、な気配がありました。その時点でもけっこうな数の出品者数はいましたが、何よりスキルシェア型のマッチングなのでコンペではない販売方法が魅力的で、すぐに会員登録して得意なチラシのサービスをまずは出品することにしました。
Amazonでも評価のない商品は買いづらいのと同じで、登録してすぐはもちろん誰からも見られることがない。実績を一刻も早く積み上げたく「公開依頼」という依頼者が提案を募集する掲示板のようなページで仕事を探します。実績がゼロから増えればいいので、できることであれば内容はデザイン以外でもなんでもOKのつもりで探し、「電子書籍の文字校正」「データの変換」「画像の修正」などの小さな仕事でも関係なしに手当たり次第応募していきました。すると真面目に提案すれば選んでもらえることも増え、実績の数が増えていきます。
続けていた会社員としての仕事では大手デベロッパーや大手不動産会社の広告なども制作していて、プライドがある人は「こんな小さな仕事やれるかよ」などと実績ゼロのまま高価格で出品して、1件も売れずに終わるケースもあるあるだと思います。自分はプライド皆無で客観的に見て自分の相場はこんなもんだと思って時間を安売りしていきます。これは以前のコンペに参加して消耗するだけとは違い、実績をあげながら価格を値上げしていけばいいと中長期的に戦略があったのでストレスもなくむしろ想定通りでした。
9. 無休で働くも疲れないゾーンに
実績の増加と合わせてプロフィールや出品サービスのサムネイルなどを磨き、ポートフォリオも過去の制作物をアップして客観的に見て依頼したくなるデザイナーを目指してブラッシュアップしていきます。すると1件、チラシの依頼が来ました。¥5,000で両面チラシ、価格は安く時間には見合わない金額かもしれませんが、顔も知らないネットで自分に依頼してくれたことがうれしかった瞬間を今でも鮮明に覚えています。
その後、少しずつ見積や問い合わせが来ることもあり、ココナラ登録初月で6万円ほど稼ぎました。翌月・翌々月も20万円以上の売上を重ねてプラチナランクにアップしました。この積み上げる間も会社員としての仕事は在宅勤務のリモートで続けていたので、朝起きてから寝る前までフル稼働で制作しており、土日もほぼ休まず、来た依頼をいかに取りこぼさず早く的確に仕上げていくか、そればかりを考えていました。それでも、身体的な疲労はあっても精神的な疲れはさほどありません。事業所得が増えていくこと自体もガソリンにはなっていましたが、何より「自分のスキルを必要としてもらえている」「成果物を感謝されている」という反応がモチベーションを上げて走ることができていたと思います。この感覚はBtoBの仕事とは違い、また知り合いからもらうフリーランスとしての受注とも違い、全く知らない人からほぼスキルのみを見て依頼されているのでそれがうれしかったんだと思います。
給与所得+事業所得で収入も安定してきた、と思った矢先…
10. コロナ禍で給与激減、在宅ワークブームも後押し
ちょうどそのタイミングであのコロナ禍がやってきます。この少し前から音楽フェスのデザイナーも続けていましたがそのイベントは中止。不動産関係中心だった会社員の仕事もイベントや集客ができず広告を打たない、作らない。web系の仕事は多少はありつつもそれまで毎日鳴っていた電話をピタッと止み、久しぶりに時間ができました。
「動いておいて良かった…」そう感じた瞬間でした。この時期に初めてクラウドソーシングを探していたら。遅くはなかったと思いますが、一歩早めに事業所得の柱にできていたのでパニックになることもなく、むしろチャンスとも思えました。世の中も緊急事態宣言などで自宅待機・在宅勤務が増え、その流れで副業・在宅で仕事の受発注が自然とトレンドになっていき、ココナラのようなプラットフォームとしても大きく成長する機会となりました。
例えばチラシカテゴリーだけでも2025年7月現在は6,000件以上の出品がありますが、2020年の時点では1,200件ほどで、このタイミングで参入できていたのは運が良かったとも言えます。
11. これまでの経験も活きるフリーランスの生き方
この年の9月には、チラシカテゴリーの1,251件中で週間売上ランキング1位となりました。この1年で制作したデザインの数は630件を超えました。蒔いてきた種が花になった日でした。また、このタイミングでこれまでの自分のしてきた選択も正しかったと感じることも多くなりました。ブックオフの店長をすっぱり辞めてゼロから仕事を探す選択。就職活動をイヤでも続けてやりたくもない会社に入らなかった選択(これはおまえがただ受からなかっただけだろ)。知り合いの会社で居心地よく働かせてもらった立場も捨て、デザインの仕事を選んだ選択。つらい収入でもスキルアップを感じて広告代理店さんに反抗せず仕事も辞めなかった選択。その仕事を増やすのではなく自分で受注する事業所得を増やす動きをした選択。そのどれかのタイミングがずれていたら違った結果だったと思います。
勿論それはそれで、もしかしたら良い会社で良いポジションになって給料の高い職に就いていた可能性もゼロではありません。ただ、何か新しい動きをしたいときに上層や会社の判断が下りなければ変われない会社員とは違い、フリーランスは責任も成果も自分次第。思いついたことはすぐに動くことができます。
12. 人生は過去の経験のかけ算
ランキングに入ったり、リピーターさんからの依頼、新規の問い合わせ時にポートフォリオを見て相談されたりなど、多くの相談・依頼をこなしていくことが少しずつ自信につながりました。経験は自信になります。自信がさらなる経験を生み出し、結果や収入という数字に表れていきました。この結果は、これまでの人生での仕事の経験や実績も少なからず良い影響を与えていると思うようになりました。
CDショップで学んだ商品の見せ方や、ポップを書く時の画用紙の色選びの印象や訴求するポイントや強弱は、ココナラでの出品サービスのサムネイルの目立たせ方にもつながっています。単体ではなくカテゴリー一覧で見て目立つのか、差別化できているのか、視認性・可読性はどうか、このクセは自然に身についていました。
ブックオフで学んだ計画・実行・評価・改善の繰り返しを続けることは、プロフィールページやサービス内容の変更やブラッシュアップに当然そのまま活きています。変更後のアクセス数からABテストでよりよい方へ改善していくことはもちろんですが、小売りの現場で身についた「なんかこっちの方が良くない?」みたいなデータや数字だけでは測れない野性的な勘も迷った時に決断する自信にもなっていました。
自動車関係の事務や営業の経験は、依頼の相談での交渉や駆け引きで役に立ちます。悪い気をさせたらどうしよう…などと考えずにお気に入り登録してくれた人にお礼のメッセージを送る営業や、見積依頼の返答の文章の作りなどでも活用できることが多いです。
会社員として広告代理店の営業さんに鍛えられたスピード感は驚かれることも多く、「早すぎて驚きました」と言われることもあります。自分としては普通でも、言われてみてから「え、そうなんだ?」ということはよくありますよね。依頼を受けてから初稿を出すスピードも人よりは早いそうです。
転職が多いと印象が悪い、そんな人もいますが自分はまったくそう思いません。人生は経験のかけ算なので、1つを突き詰める職人もかっこよくステキですが、複数の職種の経験は使い方次第で個人のアイデンティティやブランド化できる大きな要素になります。
13. 無駄なことなんてひとつもない
仕事の経験だけではなく、じつは遊びや趣味の経験も仕事には活きるし、その逆もしかりです。
作業スピードの話をしたのでそれで言えば、ゲームにハマった20代では情報を集めて効率の良い進め方、モンスターを最短で狩る計画や戦法、このあたりはスピードを突き詰める思考です。デザインソフトのショートカット、macのデスクトップにアクセスするマウスジェスチャー、これらも秒単位で無駄を省くクセがついていました。1日100回行う動作をショートカットで3秒縮めることができれば…1日300秒=5分、月に2.5時間、その時間があれば¥20,000の名刺が1件は制作でき、年間で¥200,000以上の効果があります。
音楽好きで集めたCDをヤフオクで転売していた経験も、相場を調べたり値付けの感覚、売れるための文章選びなど基礎になっている部分は少なからず活きていると思います。
趣味の1つでもあったファッションの経験も、色合わせやシルエットの作り方はデザインで重要な知識で色の持つ特性などに活きており、ベースの色彩を学ばずに現場の感覚で制作してきた自分には役に立ちました(色彩くらいちゃんと学べ)。
プライベートの経験も無意識・見えないところで仕事に流用できていることは覚えておいても良いと思います。「無駄なこと」なんてそうそうありません。
14. やる気は必要ない・やらない選択肢を捨てる
それからはココナラでの売上もおかげさまで安定し、デザインカテゴリー全体で売上1位になったり、おすすめ順の表示もトップになったり、おすすめユーザーも2番目くらいになったり、公式のイベントに登壇させていただいたりなど人の役に立てている実感があります。
2024年には会社員も辞め、完全にフリーランスのみとして生きていくようになりました。今年2025年には給与があったころの給与所得+事業所得の月収総額よりも最高額の月商を更新できました。
それでも収入に波はあります。気持ちやモチベーションにも変化があります。落ち込むこともあります。誰にも相談できずに抱えることだってあります。不安で眠れないこともあります。フリーランスのこわいところでもありますね。自分が働かなければ収入はゼロなのでやるしかありません。やる気なんて必要ありません、どうせ待っていてもやる気なんて起きないんです。やらない選択肢を捨て、やることからすべて始まります。まずはやってみることが重要で、やってみれば意外とやらずにいられなくなります。部屋のそうじを始めたら隅々まで整理整頓しないと気が済まない現象と同じです。
そうやってなんとかここまでやって来られました。
バイト代を一瞬で使い切ってた自分でもなんとかなっているので、副業やフリーランスを目指そうとしている人には「誰でもできますよ」とよく言っています。億万長者を目指すのは難しいと思いますが、ネットも普及して情報も民主化し、誰でも仕事を自由に選べる時代です。毎日食べていけるくらいの収入は努力をすればPC1つで絶対にできます。
もちろん家庭の事情や、お子さんがいたりなどで収入の不安定が気になり踏み出せない気持ちもあると思います。その場合は業務委託という選択や、自分のように副業から低リスクで進めるなど、戦略はいくらでもあります。
迷っている方がこれを読んで少しでも背中を後押しできれば、仕事そっちのけでこの記事を書いた意味がありました。自分は応援します!
最後に
自己紹介のつもりだった書き始めから、気づけばフリーランスのススメみたいなことも調子に乗って書いてしまいました。
「ライティング素人なりにがんばったじゃん」と思ってもらえればうれしいです。そもそもここまで読んでくださっている方がゼロかもしれません。もしいたら…最後までお付き合いいただきありがとうございました。皆さんのこれからのご活躍、心より願っております。
また、気が向いたらデザインやフリーランスに関する記事などを書くことがあるかもしれませんので、フォローなどしていただけると喜びます。直近の予定としては、名刺デザインのテンプレートを販売しようと思っています。それでは、また!
KIKKI design